ep.4 焼いた
「盲人の按摩さんだ。歳は俺やあんたより上、もういいか?」
「目暗か・・そいつの名は?」
「・・・石」
名前を聞いた、弥切の顔が険しくなった。
「どうかしたのか?」
「・・・なんでもない。そうだ、お前に話しておかなきゃならない事がある。例の尾張家に持ち込む話は無かった事にしろ」
弥切の言葉に、定吉は顔色を変えた。
「どうしてだ?」
「助五郎が和久家に手を回して、尾張奉行にまで賄賂が渡ってた
「俺の手下が尾張家の侍に追い回されて、もう少しで捕らえられる所だった。あれ以上の詮索は無理だ」
二人の間に、凍りついた風が吹いた。
「お前が子毛で調べていた三ヶ月の間に、ダンナは和久家と尾張家に話をつけていた。
「三者はもうズブズブだ。つけ入る隙どころか下手に関われば俺たちの首が飛ぶ」
弥切は自分の首を指で切る動作をした。
「それじゃ、陶さまは無駄死にだ。納得がいかない、弥切、お前は俺に約束したはずだ」
定吉は唇を噛み締めた。
「覚えてねえな・・ってのは嘘だが、命あっての物種だ。俺はこんなところで死ぬ気はない。ここら辺りが潮時って事だ」
定吉の自分を見る眼球が赤く血走っている。
...コイツ冷静じゃ無くなってるな
「嘆願書を渡せ」
「ハア?」
弥切は冷笑した。
「そりゃ無理だな、もう無い」
「!・・どこにやっ」
「焼いた。風に吹かれて飛んでったよ、灰になってひゅうってな。探す手伝いはしないが、場所を知りたきゃ教えてやるよ」
弥切は、定吉にとり絶望的な言葉を吐いた。
怒りで、遠くに聞こえる町の喧騒も耳には入らない。
定吉が拳を固め一歩踏み出してくるのを、弥切は嗤いながら見ていた。
「この屑が!」
「おっと、本心が出たな。弥切さんはどうした?」
弥切はヘラヘラ嗤っている。
慄きもせず今の状況を面白がっているようだ。
「相手になってやるが、ここで騒ぎを起こせばダンナに隠し切れ無いだろう。言い訳はお前が考えろよな」
「なんの言い訳だ!」
「大声を出すな、これだからイヌは面倒でいけねえな。嘆願書の事だ。この話は俺からダンナに話しておいてやる、由が隠し持ってる事にしてな」
よしの名を出されて、我を忘れかけていた定吉の足が止まった。
「よしさんは、か、関係ないだろう」
定吉は狼狽えた。
「関係ないかどうかは、今は分からねえ。それともお前の素性をダンナにバラしちまおうか」
定吉は立ち尽くし、弥切を睨みつけた。
「お前も殺されるぞ」
「少なくともお前より先に死にはしない」
弥切は他人事のように言う。
「裏仕事を仕切れる奴は俺しか居なくてな、他の奴らは能無しのアホウばかりだ。俺はダンナの銭を産む金ヅルだから、半殺しになるだろうが死にはしない
「まあ、お前は拷問され殺されるとして、よしだって、ただじゃ済まねえだろう。あの世で見守ってやりな、由と妙の行く末を。さあ、やるか」
着物を肩まで捲る弥切に背を向けた定吉。
「おい、帰るのか? 面白みのねえ野郎だな。お前、用事があるんじゃなかったのかよ」
定吉は黙って去って行く。
「一丁前にお怒りだな、おイヌ様がよ」
挑発してみるも、定吉は振り向きもせず去って行った。
一人残された弥切。
弥切にも定吉の十分の一くらいは悔しい気持ちはある。
出会った時の、初々しい、すえの姿が脳裏をよぎる。
だがすぐに冷静な心を取り戻し、すえに対する憐憫を消した。
...盲目・・・石
夜の賭場を仕切るために屋敷を出て来たが、定吉が送って来たという石という名の男のことが頭から離れない。
迷ったが屋敷に戻ることにした弥切。
そこへ男が声をかけてきた。
「代貸しどちらへ? 賭場の準備は、もう出来てますが」
「棄八、町中で俺を呼ぶときは言葉を選べ」
棄八は首をすくめた。
「今夜の賭場は、いつもの連中で新顔は居ない。楽な仕事だ。後で俺が行くから、それまでお前が仕切っておけ、下手を打つなよ」
弥切は、そう言うと棄八の返事も聞かず走り去った。




