ep.3 ナンバー2
... 石さんは、俺を警戒してたようだったな、何か後ろめたい事でもあるのだろうか・・
江戸までの湯治旅のような話をしていたが、旅人には何かから逃げている者も多い。
...あの杖の動き、おかしな感じだった。まるで蛇のように執拗に俺の動きを追っているようだった。それに、あの刀剣ダコ、相当に刀を振り込んできた人間の手だった
定吉はふと思い出した。
...上方で聞いた、畿内(現在の京都府に近い地域)に名を轟かせた暗殺者の話。名の知れた八九三さえも震え上がらせていたと云う
道頓堀の大火事の日に死んだと云われていたが、数年経って、暗殺者を見かけたという話を何処かで聞いたな。あれは、どんな話だったか・・
確かその大火事の日に、新町遊郭から消えた若い女と一緒だったとか、そんな話じゃなかっただろうか?...
よく聞いておけば良かったと後悔した。
その暗殺者は、真っ暗闇でも昼間のように刀を振るい、向かう所敵なしと怖れられていたと云う
暗闇でも闘えたのは、もしかしたらが見えないからじゃないか、そんな噂もあった。
ただ確かめた者が居ない、立ち合った人間は全員生きていないからだ。
家路へとつく人々が定吉のまわりを行き交う。
...まさかとは思うが.もしかしたら石さんが・・・ん?
遠くに助五郎の甥の八助の姿が見えた。
...珍しいな。あいつがこんな時間に、いったい何してるんだ
辺りが暗くなったこの時間なら、大抵は飯屋で浴びるほど酒を飲んで泥酔している八助が、素面で脇目も振らずに走っている。
その姿を目で追っていると背後から声をかけられた。
【嘆願書】
「定吉。お前は女っ気の無い奴だと思ってたが、ああいうのが趣味か?」
「弥切さん。あんたは、俺の趣味に興味は無いでしょう・・・何か御用で?」
定吉が皮肉を込めた言葉。
弥切は特に気にした様子も無い。
新橋色の浴衣の捲った二の腕から、蛇の彫物が見える。
優男という風貌だが眼光は異様に鋭い。
「珍しいな。助五郎に呼ばれたとき以外は郷に引き籠ってるお前が、こんな夜更けに何しに来た? 博打がしたいなら、安くしてやるぞ」
「・・大工道具を買いに来ただけだ。用事を済ませたら、すぐ帰るよ」
立ち去ろうとする定吉を、弥切は呼び止めた。
「久しぶりに会ったのにツレないじゃないか? それに、お前と連れだって来た男の話をまだ聞いてない。あいつは一体誰だ?」
... 子毛に着いた時から監視がついていたんだな
「言う必要があるのか?」
「当たり前だろ」
弥切は薄ら笑いを浮かべ定吉を見ている。
「・・・」
定吉は、正直に石のことを話すべきか迷った。
「悩むだけ無駄だ。俺は答えるまでお前を何処にも行かせはしない。この時間が勿体ない、早く話せ」
定吉はため息をついた。
「さっき会ったばかりの人で、よくは知らない。多の屋の旦那に呼ばれてるらしいから、あんたのほうが知ってるんじゃないのか?」
弥切は、その言葉を聞いて思い出した。
...そういや(多の屋の)屋敷を出るとき、助五郎が八助に何か言ってたな
「そいつの名前は? どんな奴だ」
...屋敷に行くなら、どのみち弥切には伝わるだろう。隠すことは無い、言わないと変に勘繰られる
定吉は正直に話す事にした。
弥切は、助五郎の下で実質のナンバー2と言われる男だ。
助五郎一家は、助五郎を親としたよくあるピラミッド型の構造をしており、子の序列は二位を右馬、その義兄弟の鬼造が三位と続く。
弥切は四位ではなく、右馬や鬼造の舎弟もない。
表向きの仕事をしているせいか、町の堅気人からは多の屋の番頭のように思われている。
だが博徒や渡世人の世界で違う。
助五郎は、自分をおやっさんと呼ぶのを右馬だけに許している。
それだけ近しい右馬は助五郎の最側近といってもいい。
だが、生粋の八九三の右馬は、暴力装置としては優秀でも、賭場や金貸し等の頭を使う裏仕事には使えない。
助五郎の裏の仕事を一手に引き受ける弥切には、子毛の裏社会で生きる者たちは一目置いている。
そして、子毛やソの郷、この辺り一帯で起きた事などの情報は、全て弥切の耳に入った。
弥切が、実質のナンバー2と云われている所以がそこにあった。




