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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第三章 子毛の町

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ep.2 御公儀

...江戸城の修繕を請け負うような御上(おかみ)に信頼された職人。江戸のほうが稼ぎは良かったろうに、わざわざこんな辺鄙(へんぴ)な山奥に来て苦労してる理由が分からねえ


ただの酔狂(すいきょう)か? 江戸に帰れねえような大きな不始末(ふしまつ)をやらかしたのか?...


(いし)の中で疑問が広がる。


「そういや、江戸に歌舞伎(かぶき)って見世物(みせもの)があるらしいんだが、お前さん見たことはあるかい?」


「あるのは知ってるけど、舞台を見たことは無いなあ。たまに町中を歌舞伎役者(やくしゃ)が歩いてるのを見かけたが


「派手な奇抜(きばつ)な格好で、羽振(はぶ)り良さげに人を引き連れてたよ。女性たちはキャーキャー騒いでだけど、男の花魁(おいらん)みたいな感じだったな」


「ほぅ、変な奴らだな。そういや歌舞伎役者(やくしゃ)っては昔は河川敷(かせんじき)で暮らして、みなから河原乞食(かわらこじき)って言われて(さげす)まれるほど貧乏だって聞いたんだが、今は羽振りが良いんだな」


「ピンからキリまであるだろうが、人気役者となれば、興行(こうぎょう)で立ち見でも入れないくらい盛況(せいきょう)らしいよ


「そのクラスになればパトロンも居て、随分と金回りも良いんじゃないかな。噂では御上のすることに口出し出来るような力を持った歌舞伎役者(やくしゃ)もいるみたいだけどな」


「ほえー、そんなに力があるもんなのか? 凄えな」

「言っても一握りかな、それより人気の歌舞伎役者(やくしゃ)色男(いろおとこ)が多いから


「娘から年寄りまで夢中で、出待ち、追っかけ、ストーカー、なんでもありで、歌舞伎役者を巡る色恋沙汰(いろこいざた)刃傷事件(にんじょうじけん)まであったよ」


石は(あき)れ顔で言った。


「触らぬ神に祟り無しって、色恋に首突っ込んだらロクな事が有りゃあしねぇな。歌舞伎役者(あいて)は商売なんだから、(みの)らぬ恋に身を焦がしても無駄だろうによ」


「くわばらくわばら」と石は手を合わせた。


「女が起こす事件もあったけど、男絡みのモメ事の方が多かったな。彼女(おんな)や女房が寝盗られた、(みつ)いだ金返せ。(はら)ませた責任取れで娘の父親が相手方に怒鳴り込んだり


町方同心(まちかた)の旦那衆も『色恋事なんざ犬も食わねえ、なんで俺たちが?』勘弁してくれって(なげ)いてたな」


「へぇ・・そうかい」


...こいつの言い方は、まるで町方同心(まちかた)の、その時の姿を見ていたかのような言い方だな


町方同心(まちかた)もそりゃ大変だ。思いだした、最近じゃ歌舞伎役者が世間(せけん)で好評だからってんで


御公儀(ごこうぎ)が、歌舞伎役者(やくしゃ)良民(りょうみん)って呼ぶ事にしたって聞いた。人気にあやかろうって事らしいが、どうなんかね?」


「どうだろう? そもそも歌舞伎役者(やくしゃ)河原乞食(かわらこじき)って呼ぶ人が居ないな。御公儀(ごこうぎ)が何と決めたかは知らないが


「大抵、歌舞伎役者は屋号(やごう)で呼ばれる事が多いよ。石さんは歌舞伎に興味があるのかい?」


「あしは温泉が目的(メイン)の旅だが、(つる)は江戸に着いたら歌舞伎を見るのが楽しみでな。そんなに面白えもんかな? と思って聞いてみたんだ


「毎日、毎日、耳が痛えほど行きてぇって言うもんだから、カブキカブキって耳鳴りがしてな、静かにしてもらう為に早く連れていかなきゃなんねえ」


「ああ、それで。見た人はみんな面白いって言ってたから、つるさんも満足するんじゃないかな」


定吉(さだよし)は笑ってそう言った。

石は笑ってない顔を見られないよう(そむ)けた。


...庶民は、役所だろうが幕府だろうが、上の事は区別なく大抵は御上(おかみ)の一言


馬鹿丁寧に御公議(ごこうぎ)なんて云うはずもなく、そもそもそんな呼び方は知らねえ奴だって大勢居る。

定吉の口振りは奉行所や役人に近いところに居た事を感じさせる


こいつはいったい何者なんだ?


「お前さん、家族は今も江戸に居るのか?」

「おふくろと兄貴が居るよ、兄貴がお袋の面倒を見てくれてる」


子毛(こげ)の町の棒鼻(ぼうはな)(入り口)の立て札が見えた。

山向こうに太陽はすっかり隠れてしまい、辺りはもう真っ暗だ。


「石さんの生まれはどこだい?」

「あしは・・・、分っかんねえな。物心(ものごころ)つく頃には預けられた家に居たしな、親の顔も知らねえ」


石の答えは素っ気ない。


「そうか、悪いこと聞いたかな」


定吉がすまなさそうな顔で、頭を掻いた。


「よせやい、この世の中そんな話はごまんとあるだろう、それをいちいち気にしてちゃ身がもたねえよ」


町の独特の匂いや雰囲気、人の声が大きくなっている。

宿場に辿り着いたと石にも分かった。


「お前さん、あしを追っかけて来た時に子毛(まち)に用事があるとか言ってたが、人にでも会うのか?」


「買い物だよ。現場で手強(てごわ)い岩にぶち当たって、それを割るのに鉄杭(てっくい)やらの道具がいるんだ。だから、よく行く直卸(じかおろ)しの店に行くつもりだよ」


二人は棒鼻(ぼうはな)の立て札の前に立った。


「まだ案内人はまだ来てないな。・・・しばらく一緒に待とうか?」

「子供扱いするんじゃねえよ、あしはお前さんより年上だぜ」


石がニヤリと笑った。


「そうだな」と笑い定吉は町に入って行った。


...信用ならねえ奴と思いたくねえが、まだよく判らねえ。いったい何者なんだ? 一応、用心しておいたほうが良さそうだが


・・・なにせあしは、上方(かみがた)に問い合わせりゃすぐに判明(わか)る、凶状きょうじょう持ち(指名手配者)だからな...


石は棒鼻の立て札の前に座り込む。

そこでゆっくりと、助五郎(スケゴロウ)が寄越すと言った案内人を待つことにした。






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