ep.12 義兄弟
「ええ加減にせえよ、鬼造。一体何やっとんや」
大八車を囲む男達の輪から、また一人出て来た。
スラリとした長身で、役者のような顔をした男。
歌舞いた派手な紫の着流し姿で胸を掻きながら悠々と歩いて石に近づいて来る。
「き、兄弟・・・」
苦しそうな鬼造の声。
「アホな義兄弟を持つと苦労するな。そこのオヤジ、覚悟せえよ。俺が相手や」
男は、手に握っていた長ドスを自分の目の前で真一文字に構えると、腕に力を込めた。
「ようし右馬、出番だ! やれ」
「潰したれ!」
「このジジイ、舐めやがって、思い知らせてやれ」
周囲から野次が飛んだ。
「兄貴、面倒だから殺しちまっていいっすよ。さっさと済ませて、帰りましょうよ」
「八助!余計な事を言うな」
助五郎に一喝され八助は黙って下を向く。
「右馬。いま町に誰が来てるか覚えてるな? 和久家の代官だ。後で厄介なことになる面倒は起こすな。ここは刀じゃなく素手でやれ」
右馬は不機嫌な顔で、助五郎を見た。
「助五郎は代官代官てよう気にしとりますが、そんなに代官を気にする必要がなんであるんすかね。俺らは八九三、役人風情なんぼのもんやと言うんです?」
「いいか右馬、和久家はワシらがこの町で力をつけて行くためには、必要な権力者だ。ワシらがいくら命知らずでも幕府楯突いて命があるわけ無いだろう。頭を使え。いいか、代官の夏目様はいずれ和久家を継ぐやもしれん。ここじゃ良いが、町中では口の聞き方に気を付けろ。もしいま喧嘩で死人でも出たらどうなる? 自分が滞在間にそんな騒動が起きれば、夏目様の面目は丸つぶれだ。あの方には無傷で帰ってもらわなきゃならんのだ」
右馬は助五郎から目を反らすと「ちっ、、」と舌打ちして長ドスを帯に差し戻した。
「しゃあねぇな……一思いにバッサリやったほうが慈悲ってもんやと思ったんやが、まあええわ」
右馬は胸の前で自分の平手と拳をバチン!と合わせた。
「そこのオヤジ、じっくり痛ぶられるのは怖いで。時間をかけてゆっくり嬲り殺しにしたるからな、覚悟せえや」
右馬はニンマリと嗤った。
……オヤジ、オヤジとうるせえな。あしはお前さんの父親じゃねえぞ。それに助五郎の話を聞いてたか? 殺すなって言ったんじゃなかったのかよ
石は心の中で愚痴りながら、冷静に右馬が地面を擦る草履の音を聞く。そして、右馬との距離を測っていた。
... 真昼間に多人数が相手。女子供を庇いながらじゃ、圧倒的にあしのほうが分が悪い
石は鬼造を抑えていた杖からゆっくりと力を抜いた。徐々に身動き一つ取れない圧力から解放され、杖が巨体を離れると強張って固まっていた鬼造の全身から力が抜けた。
大きく一度息を吸い、肩と背中を上下させて荒い息を吐いくと、鬼造は自分と石のどちらにも向け一言「クソ!」と短く吐き捨てた。
石は静かに周囲の様子を探る。
……さて?鬼造を解放してみたがどうなる
すぐにまた鬼造を押さえつける用意はできている。手の届く所に居ることを感じつつ、相手の出方を待つ。鬼造を解放したのを見た、右馬の足が……止まった。
「おいおい、どうした? そんな事をしても今更無し、ってことにはならんやろ。てめえ勝手な事で終わると思うなよ」
…オヤジ。心が折れたな
右馬はこの喧嘩の勝ちを確信した。石は黙ったままだ。
…油断はしたな
石は誰にも気付かれないよう杖を前へ伸ばした。
石にとってこの杖は、時においては獲物を探る釣り竿のようなもの。地面に置いた杖先のわずかな振動で人の動きを感じる。
情報は他にもある。
耳、鼻、気配。
それらから得た情報により頭の中に俯瞰で造られた3D映像を描く。
そして相手の心理を読みながら、刻一刻と変化する今の状況を予測していく。ただのオヤジと男達は侮っているが、この瞬間、最も正確にこの場の状況を把握しているのは石だろう。
石は、視覚を失った代わりに千辛万苦の日々を経て、この能力を身につけていた。
鬼造は、解放はされたがまだ四つん這いのままだ。オヤジから離れたいのだが、逃げようとすれば、瞬時に捕まると感じていた。醜態を晒した後の鬼造は、自信を失いこの場の誰よりも臆病になっていた。
…負けた。この俺が……
いままで、やりたい放題に叩きのめしてきた負け犬たちの顔が目に浮かぶ。その情けない顔と自分の顔が重なり、鬼造は吐きそうになる。
... 俺は相撲取りの頃から相手の力量を侮った事は一度もない。引戸は、そんなこと分かりもしないから西の小結止まりだったが、俺はそれを理解してるから、大関に手が届くところまで行ったんだ。このオヤジには何かある。力士の時の相手にも、そう云う奴が居た。小兵のくせに奇妙に強い奴が、このオヤジは奴らに似てる……
「アニキ、このオヤジは見た目と違って手強い。舐めてかかるな。危ねえぞ!」
右馬は鬼造からそんな弱気な言葉が出たことに驚愕いた。
鬼造と義兄弟の盃を交わしててから十数年、そんな言葉は聞いた事がない。右馬は立ち止まり考える。そして帯に差していた長ドスを鞘ごと抜いた。
…刀を抜くほどかは半信半疑。だが、よく見りゃオヤジのあの杖の動きは奇妙におかしい。それに鬼造をどんなトリックで抑えていたのかが分からん。このオヤジ……見た目じゃ判断できねえな
右馬は目を細め、オヤジの様子をじっくりと観察する事にした。




