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NOVA☆EARTH~★宇宙大開拓時代★を駆け抜ける青少年たちの青春と冒険譚~  作者: 風雅ありす
第三章 悲しみの波紋

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1. 基地訪問

 それは、十数年ぶりの基地訪問だった。無機質な廊下を歩きながらカレンは、昔ここで働いていた頃の自分を思い出し、苦笑した。


(ここは、あの頃と何も変わっていない……)


 行き交う人々の声は堅く、足音さえも規律に縛られている。彼らの左胸には、正義と平和を象徴する紋章が刻まれており、それに背を向ける者は決して許されない。


 ()()があるお陰で宇宙の規律が守られているとは言え、カレンは、この場所が一等嫌いだった。匂いを嗅いだだけで胸焼けがする。


 次第に白い軍服を着た隊員達の姿が目立つようになった。彼らとすれ違う度、嗅ぎなれた薬品の匂いがカレンの脳髄を刺激する。


 壁に掛けられた〝医療局〟と書かれた札。ここは、かつて自分の唯一の居場所だった所。


 近寄りたくはなかったが、ここを通らないと目的地に辿り着けない。こんな構造を造った設計技師に一言文句を言いたいところだが、それには天国か地獄へ行かなければならなくなる。


 意を決して通路を踏み出したところ、無意識の内に、自分の左胸を手で抑えていた。かつてカレンのそこにも、同じ印があったのだ。正義と平和という名に命を縛られた、忌々しいあの紋章が……。


「……局長?」


 前方から歩いてきた人物に昔の敬称で呼ばれ、カレンは足を止めた。その男性は、白い軍服を身に纏っている。


「……ロイデン?」


 ルーフェス=ロイデム。それは、カレンが昔、ここで働いていた時の部下の名前だ。


 〝ロイデム〟は地球人読みで、マーティエ人読みにすると〝ロイデン〟となる為、カレンは彼をそう呼んでいた。


 カレンの表情が曇る。知り合いに会う可能性がある事は予測していたが、よりにもよって、一番会いたくない相手と出会ってしまった。


 彼の方も驚いた様子でカレンを見つめている。ただし、彼の表情には、昔の知り合いと出会えた喜びの色ではなく、困惑の色が浮かんでいた。


 しばらく互いを見つめ合った後、先に表情を改めたロイデンの方が、カレンに一歩近づく。


「今更、ここに何の用ですか?」


 ロイデンの目が冷たくカレンを見下ろす。久しぶりに懐かしい人と出会えた、という雰囲気ではない。まるで親の敵に会ったかのような態度だ。


「司令部に用があって来たの」


 カレンは、なるべく彼の神経を逆撫でしないよう口調に気をつけた。それでも、彼にとっては同じ事だったらしい。


()()()()は、立ち寄る必要もないって事ですか」


「そういう意味で言ったんじゃないわ」


「ま、立ち寄られても迷惑なだけだけですけどね。今更、あなたがどんな顔をして、ここを訪れる事が出来るというんです」


 カレンは、答えられなかった。無言でロイデンの嫌味を受け続ける。


「突然、何の事情も聞かされないまま、あなたは、ここを去った。俺がどんな気持ちだったか、あなたに解りますか? ……まるで、裏切られた気分でしたよ」


 そう言い捨てたロイデンの顔が苦痛に歪み、見ているカレンの胸まで締め付ける。


「この世界で強く生きていく事を俺に教えてくれたのは、あなただったのに……」


 今更ながらカレンは、自分が彼にした罪の重さを改めて認識した。長い間、学園で平和な時を過ごしていて、忘れていた。いや、忘れようとしていたのだ。


「責任を取る為だとか、そんなものは、ただの言い訳だ。あなたは、自分の失敗を直視出来ず、ここから逃げ出したんだ」


 ロイデンの言葉は、カレンの心に深く突き刺さる。彼の言う通りなのだ。自分は、この場所から逃げ出した。


 ロイデンは最後に、そんな弱い人だとは思わなかった、と付け足して、カレンから目を背けた。


 二人の間に気まずい空気が流れる。通り過ぎて行く人達は、この様子を不審に思う事もなく通り過ぎていく。ここは、そうゆう場所なのだ。


 最初に沈黙を破ったのは、カレンの方だった。


「随分、偉くなったのね」


 ロイデンの左肩に引かれた金のラインを見て、カレンが言う。それは決して嫌味ではなく、まだ真っ白の軍服を着ていた頃の彼を知っているからこそ、カレンの本心から湧き出た感心の言葉だった。


「あの頃とは違います」


「ええ、がんばったのね。一目で解った」


 体格も大人の男性らしいものへと変わっており、この十数年の間にかなり成長した事が見て伺える。それらは、カレンが知っている彼のものではなかったが、努力家である事は変わっていないようだ。


「あんたは、いつも真っ直ぐで、人一倍頑張り屋だったから……」


 ロイデンは、いつも一生懸命に前を見つめていた。あの頃は、まだ新米で、カレンが見ていられない程に危なっかしく、よく世話を焼いていたものだ。


「今更、先輩面をしないで下さい。あの時の俺が、どんなに惨めな気分だったか……」


 自分に向けられていた尊敬の眼差し。それは決して不快なものではなかったが、時にカレンの心を縛り付けた。そして、その重みに耐え切れなくなった自分は、彼の期待を裏切ったのだ。


(……まだ駄目ね。彼に言うべき言葉が見つからない……)


『辛い事はない?』『何か困った事があれば、連絡しなさい。いつでも相談に乗るから』


 そんな言葉ばかりが喉の奥まで出掛かり、飲み込まれていく。


 自分に何が出来ると言うのだろうか。ここを逃げ出した自分は、ただの敗者なのだ。


 ロイデンの左胸には、宇宙防衛隊の紋章が光っている。何度失敗しても、彼は、決して諦めなかった。逃げなかった。だから今、ここに居る。


「あんたは、私みたいになっちゃ駄目よ」


 やっと搾り出せた言葉は、それだけだった。そして、自嘲するかのように笑うと、ロイデンが口を開く前に、その場を去った。


 医療局を通り抜け、カレンは、司令部へと足を踏み入れた。


 目的の部屋の扉を前にして、立ち止まる。ジョルジュ=M=アルヴィス大佐の執務室だ。


 扉横にあるモニターの呼び出しボタンを押して、自分の名前を言うと、開いた扉の中へと入って行く。


 部屋の中は、正面の壁一面にガラス窓が張られ、人口の日の光によって茜色に染まっていた。


 部屋の中心に置かれたデスクの向こう側には、カレンをここに呼び出した人物が立っている。その懐かしい後姿を見て、カレンの胸に、忘れ去っていた懐かしい熱い想いが湧き上がる。


(ジョルジュ……)


 カレンは、まず彼に話しかける言葉を探した。ここへ向かう間も、ずっとその事を考えていた。


 ここに来たのが久しぶりなのと同じ年数だけ、彼と会うのも久しぶりなのだ。結局、カレンの口から出てきた言葉は、当たり障りのない社交辞令だった。


「久しぶりね、ジョルジュ。元気そうで何よりだわ」


 しかし、ジョルジュは、無言で窓ガラスを見つめている。まるでカレンの存在などそこにはないのだとでも言うように。


「相変わらずね」


 カレンが小さく息を吐く。先程まで張っていた緊張の糸が緩み、カレンの顔に笑みが戻った。ジョルジュの口数が少ないことは、幼馴染の自分が一番よく知っている。


 保健室へ届いた通信は、宇宙防衛軍からではなく、ジョルジュからのものだった。


 十数年間、顔を合わせた事のなかった者からの突然の連絡。カレンは、自分が呼ばれた意図をすぐに悟った。それ故に、ここへ来る間ずっと複雑な感情を抱かずにはいられなかった。


(覚悟はあった……)


 自分が止めるのも聴かずに、宇宙へ飛び出していった親友。その日から、カレンは、口には出さなかったが、この日が来る事を静かに覚悟していた。


 それまで無言でいたジョルジュが初めて口を開く。


「クリスティーン=アルヴィス博士が、事故により亡くなったとの報告があった」


 まるで形式的な報告。彼が口にした言葉は、ただそれだけだった。


 それでも、電報ではなく、わざわざカレンをここへ呼び出して自分の口から直接伝える、その意図がカレンには痛いほどよくわかった。


 カレンの脳裏に、一人の女性の姿が像を結ぶ。一見、儚そうに見えるが、芯の強い女性だった。それ故に、自分の夢を捨て切れなかった事をカレンは知っている。


 覚悟していた事だ。この日が必ず来ることを。彼女を笑顔で送り出した、あの日から――――。


 カレンは静かに、今は亡き親友へ向けて敬礼をした。

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