1. 父との確執
「何でも、乗組員の一人を助けようとして、戻れなくなったらしい」
呆然とその場を動けずにいるスバルに、叔父は、今の自分が知る限りの情報をスバルに与えてくれた。
「詳しい事は解らないが……とにかく一度、本部へ行こう」
叔父がスバルの気持ちを気遣ってくれているのが解る。だからこそ、スバルには許せないものがあった。
「オヤジは……」
スバルが拳に力を入れる。顔を伏せているので、彼より頭一つ分背の高い叔父の視点から、その表情を確認することが出来ない。
「親父は、何してんだよっ……!」
それだけ言い放つと、スバルは、入って来た扉から飛び出して行った。
「待てっ、スバル!」
叔父が慌ててスバルの後を追う。作業場を通る際、近くに居た作業員に後を頼むと伝え、既に姿の見えない甥っ子が向かったであろう場所――宇宙防衛軍基地司令部へと急いだ。
☆ ★ ☆ ★
スバルが宇宙防衛軍基地に着くと、入り口に、ガタイの良い人物が立ち塞がっていた。マーティエ人特有の赤い髪と瞳、尖った耳。そのボサボサに伸ばされた髪は、後ろで一つに束ねられている。腕組みをして仁王立ちしている姿は、まさに仁王そのものだ。
「叔父貴! なんで……」
スバルの言葉を、叔父が遮る。
「どあほうっ。いくらお前の足が速いからってな。マーグスより早く走られちゃあ、それを作った俺の面目が立たねぇじゃねーか」
叔父が怒った顔でスバルを見下ろす。その口調は、どこかスバルのそれと似ている。
叔父の傍には、世間一般に流用されている、磁力を使って動く一人乗り用の乗り物【マーグス】が置かれていた。
「止めたって無駄だぜ。俺は、あいつ……親父に用があるんだ」
話を聞こうともしないスバルを前にして、叔父はため息を吐いた。
「誰も行くな、なんて言ってねーだろ。……まぁ、気持ちは解るが、まずは落ち着け。俺も一緒に行ってやっから」
和らいだ叔父の口調になぐさめられ、スバルの気もいくらか安らぐ。
しかし、それはスバルの父親と対面した瞬間、弾き飛んだ。
「何をしに来た」
久しぶりに会った父親の第一声がそれだった。
スバルが父親に対面を申し込むと、二人は、ある客室に通された。しばらくそこで待っていると、一人の男が部屋に現れた。
スバルの叔父と同じ、赤い髪と瞳、尖った耳。だが、それ以外での類似点は、ほぼ見あたらない。
さっぱりと短く刈られた髪は清潔そうで、ぴんと伸ばされた背筋が、見る者に緊張感を与える。叔父と立ち並ぶと小柄に見えるが、鍛え上げられた筋肉質の身体は、防衛隊の軍服を着た上からでも解る。軍人のものだ。
宇宙防衛隊司令部所属、ジョルジュ=M=アルヴィス大佐。スバルの父親でもあり、叔父の兄にも当たる人だ。
仕事でなかなか会う事のない父親だったが、スバルは、まるで恋しいとは思えなかった。むしろ、激しい憎悪さえ感じる。
「母さんが死んだって……本当か」
努めて冷静を装い、スバルが問いかけた。スバルの背後には、甥っ子を心配そうに見つめる叔父の姿がある。
「……ああ、本当だ」
ジョルジュの声には、何の感情も込められていない。ただ、そう静かに言い放った父親の様子にスバルは、肩を振るわせた。
「じゃあ……あんたは、何でこんな所にいるんだよ! 大佐だろう、偉いんだろう。それなのに、何で母さんを助けられなかったんだよっ!!」
背後で叔父が、スバルから目を逸らす。甥の気持ちが痛い程にわかる。それでも自分には、どうする事も出来ない。
「地位の問題ではない。連絡がきた時には、もう手遅れだった。どうしようもなかったんだ」
淡々と説明する父親の口調に、スバルの怒りが頂点に達した。
「ふざけるなっ!」
叫ぶと同時に、目の前の男に向かって掴みかかろうとする。
それを予想していたかのように、背後に居た叔父が羽交い絞めにして止めた。
スバルの手が、宙を泳いだ。――届かない。
それでもスバルは、叔父の腕の中でもがき続けた。
「母さんが出て行ったのにだって、俺は反対してたんだ。それなのに……あんたが母さんを追い出した!」
約十年前のことだ。《ノヴァ・アース》を探す為、宇宙防衛隊によって、ある探索隊が結成された。その隊員を選んだのが宇宙防衛隊司令部であり、スバルの母親を推したのが他でもない、スバルの父親だったのだ。
スバルがそれを知ったのは、既に母親が出立してしばらく経ってからだったが、それ以来、父親の事を目の敵のように憎んでいる。
「彼女が望んでいた事だ」
「それで結局どうなった?! ……お前が母さんを殺したんだ!!」
それだけ言い放つと、スバルは叔父の腕を振り切って、部屋を飛び出した。
「ヴォルト。……放っておけ」
兄に名前を呼ばれて、スバルの後を追いかけようとしかけた弟――ヴォルトは踏みとどまった。今は、一人にさせてやるべきかもしれない。
「兄貴は、いつも完璧だ。いつも正しい。けどな……」
ヴォルトは、兄――ジョルジュを顧みた。マーティエ人の特徴である部分以外は、全く自分と異なる兄。自分と違って優秀で、幼い頃から彼の言う事が違っていた事など一度もなかった。
「何もあんな言い方をしなくても良かっただろう。……他に言い様があった筈だ」
ヴォルトは、呆れたように溜め息を吐いた。今更、この兄に自分が何かを言っても無駄だと解っている。それでも、スバルの想いを考えれば、口にせずにはいられなかった。
「用は、それだけか。仕事が忙しいんだ。用がないのなら、下がらせてもらう」
全く表情を変えないままジョルジュは、弟に背を向けて、扉へ向かう。その背中を、ヴォルトが呼び止める。
「この事……カレンには?」
ジョルジュの歩みが止まる。
「……彼女には、私から伝えておく」
それだけ言うとジョルジュは、部屋を出て行った。




