4. 突然の便り
追い掛けてきていた教官から何とか逃げおおせたスバルは、学園を抜け出し、人通りの多い商店街まで来ていた。戻るべき学園寮は反対の方角だが、今戻って教官と鉢合わせするわけにはいかない。
(しばらくここで時間を潰すか……)
そうは思うものの、生まれた時からここで生活しているスバルにとって、大して目を惹くような店はない。辺りは多種多様な異星人らが行き交い、賑わっていたが、その光景にもすっかり慣れてしまっている。
「お母さん、見て見て! ぼく、アレが欲しい!」
小さな子供が母親の手を引いて何かを指し示している。見たところ、マーティエ人の子供だろう。どこを歩いていても見かける事の出来る、この宇宙の中で最も多い人種だ。手を引かれた母親が視線をやり、首を横に振る。
「駄目よ、もう玩具は買ってあげたでしょう。我慢しなさい」
しかし、子供は言う事を聞かない。やだやだ、と言って母親を困らせる。とうとう母親が妥協した。
「じゃあ、お菓子を買って帰ろうか。リッくんの好きなお菓子を選んで良いわよ」
「本当? やったぁー♪ お母さん、大好き!」
先程とは打って変わって、子供が笑顔を見せる。そのまま母親と一緒に近くの食料品店へと入って行った。
その親子を遠目に見守っていたスバルの表情が曇る。
(お母さん……か)
スバルは、もう何年も会っていない自分の母親の事を想った。彼の母親は、宇宙生物学者として、宇宙防衛軍基地で研究をしていた。
しかし、今から約十年前に、宇宙防衛隊により希望の星を探す為の探索隊が結成されると、スバルの母親は、その探索隊に抜擢され、遥か宇宙へと旅立ってしまったのだ。
長期に渡る重要な任務である為、乗組員と連絡を取る事は滅多に出来ない。今どこで何をしているのかさえも解らない状態だったが、スバルは、自分の母親が無事に生きていると信じていた。
(……約束したんだ。絶対に希望の星を見つけて帰って来るって。永遠に会えなくなるわけじゃない)
母親が旅立った時、まだ六歳だったスバルは、その時からずっと自分にそう言い聞かせてきた。約束をした。だから、母は必ず戻る、また会える、と。
気を取り直して、再び歩き始める。
(叔父貴の所にでも遊びに行くか)
叔父貴とは、スバルの父親の弟にあたる間柄で、スバルの面倒もよく見てくれている。そのため、スバルにとっては、仕事で忙しい父親よりも親しい人物となっていた。
そんな叔父の仕事場は、宇宙学園からそう遠くない位置にある、小さな工場だ。兄とは違って、宇宙防衛隊に所属する事なく自営業の道を選んだ叔父は、他の親戚や周囲の人達に変わり者だとか、落ちぶれ者だとか言われていた。
しかし、スバルからしてみれば、叔父のそういう生き様は、素晴らしく格好良くうつる。叔父は、スバルにとって憧れの人なのだ。
(今の時間帯だと……作業場の方かな)
叔父の工場に辿り着くと、スバルは、真っ先に作業場の方へ顔を出した。
ところが、いつもならそこに居る筈の叔父の姿が見当たらない。不思議に思い、作業中の作業員の一人に声をかけた。
「なぁ、叔父貴がどこに居るのか知らないか?」
「社長なら、奥の休憩室だ。最近、あまり寝てないみたいで、体調が悪そうだったもんでな」
サンキュ、と一言添えて、スバルが奥の休憩室へと向かう。いつも何かと無理をする叔父だが、その調子が悪い姿などスバルは未だかつて見た事がない。そんな健康の塊みたいな叔父だからこそ、体調が悪いと聞いて、スバルは信じられない思いがした。
スバルは、休憩室の扉をノックした。しかし、返答がない。
(……まさか、倒れてるってことはないよな?)
叔父は、宇宙防衛軍で働いているスバルの父親よりも体格が良い。独り身の辛さか、確かに不摂生な生活を送ってはいたが、それくらいで倒れるような柔な身体ではない、と本人もよく言っていた。
(寝てんのかなぁ)
疲れて寝ているだけならば、無下に起こしたくはない。
少しだけ様子を見ようと、スバルは静かに扉を開けた。すると、叔父の大きな背中が視界に飛び込んできた。どうやら通信機を前に、誰かと連絡を取っているようだ。
(なんだ、生きてるじゃねーか)
ホッとしたスバルが部屋の中へ身を滑り込ませた時、突然、叔父が声を荒げて言った。
「……な、何だって! クリスが死んだだとっ?!」
その瞬間、スバルの身体が硬直する。自分の聞き間違いだろうか。
スバルの母親の名前は、クリスティーン。愛称は、クリスだ。
「いま……今、何て言った?」
突然、背後から声を掛けられた叔父は、甥っ子の存在に気付いて驚きの声を上げた。
「昴! お前……いつからそこに居たんだ」
昴というのは、スバルの愛称だ。驚いて振り向いた叔父の顔は、少し見ないうちにやつれた気がするが、今はそれどころではない。
「今の話……まさか、俺の母さんの事じゃないよな?」
スバルの声が震えている。嘘だと言って欲しかった。自分の聞き間違いだと信じたかった。もしくは、自分とは全く関係のない〝クリス〟という別人の話なのだ、と。
叔父は、少し躊躇った後、通信機のモニターに映っている人物と一言二言、言葉を交わし、通信を切った。そして、スバルに向かい合う。
スバルは、叔父の言葉を今度こそ聞き間違えないよう、必死で耳を傾けた。自分の心臓の音がやけに五月蝿く聞こえる。
聞きたくない、でも、知らずにはいられない。この十年間、ずっとスバルが知りたかった事だ。
叔父は最初、甥にどう説明して良いものか、悩んでいるようだった。
それでも、自分に向けられた真っすぐな甥の目を見て、叔父が覚悟を決める。
「今、宇宙防衛軍本部から連絡が入った。クリスが……お前の母親が…………亡くなったと……」
その言葉を聴いた途端、スバルは、足元が音を立てて崩れていくような気がした。




