2. 氷結の御令嬢
同じく宇宙学園の図書室で、一人の少女が奥まった場所にある本棚の前に立っていた。そこは、電子化から逃れた古い書物が日の目をみることなく眠っている。
少女は、それらの中から目当てのものを探すように、一冊ずつ引き抜いては、中身を確かめていった。彼女が動く度、艶やかな黒髪が肩の辺りでサラサラと揺れる。
制服から覗く雪のように白い肌と、黒い髪がひどく対照的だ。
大人びた表情をしてはいるが、その容貌は、まだ幼い。十二、十三といったところだろう。
少女の居る場所から少し離れた席に、三人の女子生徒らが座っていた。
その内の一人が黒髪の少女を目で捉え、他の二人にひそひそ声で話し掛ける。
「……ほら、見て。ニノミヤさんよ」
「あぁ、地球人の……ニノミヤ家の御令嬢ね。可愛い子じゃない。いかにもお嬢様って感じ」
二ノ宮家は、地球人の中でも古き華族の血筋を継ぐ家系である。
政財界から宇宙工学や医療界など、実に様々な領域で数多くの有能な人材を輩出しており、その名を聞くだけで頭の上がらない者も少なくない。
「……外見だけは、ね。中身は、ちっとも可愛くなんてないんだから」
「そう、そう! 外見にだまされちゃ駄目よ」
「そうなの? そう言えば、年下のくせに生意気だって噂を聞いた事があるわ。あなた達、彼女と知り合いなの?」
「まさか! 話した事もないわ。前に一度、話し掛けた事があったんだけど、彼女どうしたと思う? 無視したのよ、無視! ひどいと思わない?」
「彼女は、誰とだって口を聞かないのよ。御令嬢だからって、私達〝平民〟のことを見下してるんでしょ」
「マジ? そんな事するような子には見えないけどねぇ。一体、何て話し掛けたの?」
「別に、他愛も無い世間話よ。……もう忘れちゃったわ。人は外見で判断するな、ってことね。それによく見ると、彼女って冷たい顔してると思わない?」
「言われてみれば……無表情だからじゃない?」
「私、彼女と同じ講義を取ってるから、よく顔を合わすんだけど……一度だって、彼女が笑ったところなんて、見たことないわよ」
「要するに、感情がないのよ! みんな噂してるんだから。〝氷結の御令嬢〟ってね。一度で良いから、彼女の驚いた顔を見てみたいわ!」
その時、話題にのぼっていた御令嬢本人が、三人の女子生徒らの方へと歩いてくる。
慌てた女生徒達は口を閉じ、自分たちの会話が聞こえたのかとびくびくしながら顔を伏せた。
しかし、御令嬢は、女生徒らのすぐ脇を通り過ぎて行き、手に抱えていた五、六冊の本を持ったままカウンターへと向かう。どうやら目当ての本を見つけたようだ。
三人の女生徒達は、自分たちの話が聞こえていなかったことにほっとし、顔を見合わせた。
どすん、と大きな音を立てて、御令嬢がカウンターに持っていた本を置いた。
思わず、そちらに目をやった三人の女生徒たちは、その本を見て、目を丸くする。
「……ちょっと、見た? あのぶ厚さ」
「う、うん……私、題名も読めなかったよ」
「むちゃくちゃ頭が良いのよ、嫌味も言えないくらいにね」
先程まで明日の試験勉強をしていた三人は、何となく意欲を削がれてしまい、もう帰ろうか、という空気になった。
その時、図書室の静寂を破って、一人の青年が走り込んで来た。
恒星のような髪をもつその青年――スバルは、ひらりと身を交わし、カウンターの内側へと身を隠す。
突然の出来事に、カウンター内で仕事をしていた司書の女性が軽い悲鳴を上げた。
その声を聞きつけ、一人の男性教官が図書室に飛び込んで来る。
「はっはっはー! そこに居たか。隠れても無駄だ!」
そう言って教官は、カウンターの中を覗き込んだが、そこにスバルの姿はない。
教官が顔を上げて周囲を見回すと、規律正しく並べられた机の合間から、派手な橙色の頭が見え隠れしていた。
四つん這いになって床を移動していたスバルの視界に、見覚えのある靴が映る。
恐る恐る顔を上げた先に、自分を追い掛けて来ていた教官の勝ち誇った顔があった。
「さあ、観念しろ。年貢の納め時だ」
だが、スバルの表情は、まだ諦めていない。
「さぁ、どうかな?」
そう言って不敵な笑みを浮かべ、片足で地面を蹴って飛び上がった。
教官があわてて両手を伸ばすが、間に合わない。
スバルは、宙に浮いていた。
この宇宙ステーション《アマテラス》では、遠心力を使った重力環境が整備されている。誰もが平等に受けている重力の支配から、まるでスバルだけが解放されているかのようだった。彼のずば抜けた跳躍力が、それを可能にしているのだ。
その時、図書室に居た全員の視線が、スバルへと向けられていた。
スバルは、五、六列ほど並んでいる机の上空を飛び越えて、見事、図書室の入り口前へと着地した。
あ然とした表情で固まっている教官を振り返り、にかっと笑顔を見せた。そのまま颯爽と図書室を後にする。
茫然としていた教官も、はっと我に返り、再びスバルを追って図書室を飛び出して行く。
二人が出て行った後、図書室に再び静寂が戻ってきた。まるで嵐が去った後のようだ。
「……見た?」
「う、うん。すごい跳躍力だったね」
「それもあるけど……そっちじゃなくて」
「……令嬢。私、彼女の驚いた顔なんて初めて見た……」
誰もが見逃したであろう、二ノ宮家御令嬢の表情の変化を、その女生徒だけは、しかとその目に焼き付けていた。




