4. 果てなき旅路
夜半遅く――消灯した工場の扉が、そっと音もなく開かれる。外からのうす灯りが射し込み、床に三つのシルエットを浮かび上がらせた。
「本当に大丈夫なの? 勝手に忍び込んじゃって……」
ルリが周囲に目を配らせながら、肩を縮こませる。
「問題ねぇよ。《《こういう時》》のために、鍵をコピーしてんだ」
真ん中に立つスバルは、悪びれた様子もなく、手にしたスペアキーをぽーんと宙へ放った。
「……不法侵入」
横から、黒髪の少女――二ノ宮 紗那がぼやく。
思わずスバルは、スペアキーを掴み損ねて、床にカツーンと音を響かせた。
「うっせー! 身内だからいいんだよっ」
落ちたキーを拾いながら若干音量を抑え気味に言い返すと、スバルは勝手知ったる様子で工場の奥へと進んで行く。
叔父であるヴォルトが、彼個人の趣味で密かに宇宙船を造っていることを、スバルはよく知っていた。売り物ではないものの、一般に流通しているモデルよりもハイスペックで凝った造りになっている。
『いつか自分で造った宇宙船でよぉ、好いた女を乗せて、宇宙飛行デートをするのが俺の夢なんだ!』と、よくヴォルトは豪語していた。ただ、これまで一度も有効活用された試しはない。
それを甥っ子であるスバルが有効活用してやろう、というのだから感謝して欲しいくらいだ、とスバルは考えている。
「確かこの奥だったな」
暗がりの中、手探りで奥へと進むスバルを追い掛けながら、ルリが声をかける。
「ねぇ、スバルくん。やっぱり叔父さんにきちんと話をしてからの方がいいんじゃないかしら。これじゃあ、まるで……」
「窃盗罪」
ルリの言葉尻を、紗那が継いだ。
スバルが苦いものでも噛んだような顔で振り返る。
「……おい。本当に《《こいつ》》も一緒に行くのか?」
ルリは、スバルの視線の先にいる紗那を見て、頬をふくらませた。
「だってスバルくん、免許持ってないって言うからぁ……私ひとりじゃ、自信ないものぉ~」
ルリが出発の準備にと、図書室で資料を漁っている時、紗那を見つけて声をかけたのだ。事情を話したら、紗那も一緒に同行する、という。
待ち合わせ場所に紗那がいるのを見つけて、スバルは驚いた。それでもルリが、紗那の優秀さを滔々と語るので、便利そうだからいいか、と一旦は承諾したのだ。
しかし、どうやら彼女は《《性格》》に問題がありそうだと、スバルは腕を組んだ。
「俺たちは、希望の星を探しに行くんだぜ、わかってるのか?」
「知っている。だから同行を希望した。それとも、私がいては二人にとって何か《《不都合》》があるのか?」
淡々と紗那に問われて、スバルとルリが同時に顔を赤くする。
「ばっ、ばか! ちげぇよ! 妙な誤解すんな!」
「そ、そうよぉ~。私とスバルくんは、《《まだ》》そういう関係じゃあ……」
頬に手を当てるルリを横目に、紗那が目を細める。
「誤解? そうか、それなら何も問題ないな」
よかった、と言いつつも、紗那の表情はどう見ても「よかった」顔には見えない。
スバルは、暴漢達たちに囲まれても尚、無表情でいた紗那の顔を思い出した。
(……やっぱり、こいつ苦手だ!)
気を取り直して、機体の探索に戻る。最奥にあるシャッターを開けると、そこに目当ての有人宇宙船が横たわっていた。
正面きって「宇宙船をくれ!」と言ったところで止められることは目に見えていた。こうするのが一番手っ取り早い。
スバルが、手首につけたライト付き腕時計で機体を照らす。
すると暗がりの中、白銀に輝く機体が浮かび上がった。
全長十四メートル程のシャトルで、左右に対となる翼が付随している。
スバルのライトが、機体の横に黒字で書かれた文字をなぞった。
【Sterna paradisaea】
「これ……なんて読むんだ? 捨てるな……?」
首をかしげるスバルの横から、紗那が口を挟む。
「〝ステルナ・パラディセア〟――楽園のアジサシ。かつて地球で、最も長距離の渡りをする鳥と言われていた絶滅種よ」
どうやらそれが、この宇宙船の名前らしい。
「へぇ~、お前よく知ってんな。叔父貴もキザな名前つけてくれるぜ」
スバルが、こつん、と拳を機体へぶつける。
「俺たちを、誰も行ったことがない遠くへ連れて行ってくれよ」
その時、ぱっと天井の明かりがついた。驚いた三人が後ろを振り返ると、半開きになったシャッターの下に、ヴォルトとカレンが立っている。
「ったく、こんなことだろうと思ったぜ! スバル!」
「げっ、叔父貴!?」
「ルリ! あなた、こんなところで何をしているの?!」
「カレンさん?! どうしてここが……」
ルリが自室から抜け出したことに気付いたカレンは、すぐにヴォルトと連絡をとった。スバルが当てにするなら、そこしかないと考えたからだ。
案の定、ヴォルトの元に、工場への侵入者を告げるセキュリティセンサーから通知が入った。そこで二人して慌てて示し合わせ、ここへやって来たというわけだ。
「お、叔父貴、これは……」
「希望の星を探しに行くんだろ。ったく、お前の考えそうなことくらい全部お見通しだ」
「ルリ、あなたの気持ちは分かっているわ。でも、何も今すぐに旅立つ必要はない筈よ。まずは学園を卒業してから、探索隊へ希望を出せば……」
「そんなに待てるかよ! 俺《《たち》》は、今すぐに行きたいんだ!」
スバルの熱がこもった声に、ルリが賛同する。
「ごめんなさい、カレンさん。私……今スバルくんと行かなかったら、絶対に後悔する」
「ルリ……あなた…………」
カレンは、つづく言葉を失った。
ルリの目は、もう全てを決意した者の目だ。それを変えられる言葉を、カレンは持っていない。
「スバル、お前……」
「止めても無駄だぜ、叔父貴」
「お前……希望の星がどこにあるのか、アテはあるのか?」
「えっ……そ、それは……」
思わぬ追及に、スバルは視線を彷徨わせる。代わって、紗那が一歩前へ出た。
「これまで宇宙防衛軍が派遣した探索隊の数は、286機。それらの航路を記録したデータなら全て、私の頭の中に入っている。今のところ一番可能性の高い航路を算出し、未開拓の宇宙を選んで飛ぶ。私なら、それが出来る」
機械的な声音で説明をする紗那に、ヴォルトも口を閉ざす。二ノ宮 紗那が「出来る」と言えば、それは不可能ではなくなるような気さえした。
「いつ死ぬかなんて、誰にもわかんねぇんだ! だったら今、飛ぶしかねぇだろ!!」
(クリス……!!)
カレンとヴォルトは、ほぼ同時に、同じ人物を心に思い浮かべた。まるでクリスの意志が、息子に乗り移っているかのように見えた。
「行くぞ、ルリ! シャナ! 早く乗れ!」
スバルが叫ぶ。同時に、地を蹴り、ひらりと宙に浮かぶと機体へ飛び乗った。入口のハッチの場所を探し、中へ入ろうと試みる。
「ごめんなさい、カレンさん!」
ルリも、機体へ登れる場所を探して、スバルの後を追う。
紗那は、既にスバルのすぐ後ろへ追いついていた。
二人で先に船内へ入り、コックピットの席へ着く。
「……いいの?」
「ぁあ? なにが!」
「別れ。二人に告げなくて」
「……っ!」
話ながらも紗那の目は、操縦パネルの上を行き来し、素早く手を動かしている。どうやって動かすのか最初から分かっているような手つきだ。
スバルは、操縦を紗那に任せて、自分は窓から叔父を見た。怒っているような、泣いているような、いろんな感情がごちゃまぜになった顔でスバルを見上げている。
それを見たスバルの胸に、熱いものが込み上げてくる。
「……また会えるさ。希望の星を見つけたらなっ!」
最後にルリが乗り込み、ハッチを閉めた。それを見届けたスバルが、隣に座る紗那へ問い掛ける。
「動かせるか?」
「誰に聞いている」
答えると同時に、機体のエンジンが火を噴いた。ゆっくりと動き出す機体を旋回させて、輸送路へ向かう。外から大型の荷物を搬入する際に使うゲートが数十メートル先に見えている。
「おい、ゲートは閉まってるぞ。どうやって開けるんだ?」
「落ち着いて。ここから遠隔操作できる。それよりシートベルトを着用して、しっかり掴まっていて」
紗那の言うとおり、操縦席のパネルから操作することで、ゲートが開き、宇宙が見えた。背後では、既にシャッターが自動で閉まっている。
閉じられたシャッターの内側で、カレンが膝を折り、泣き崩れるのを、ヴォルトが支えていた。
しばらくして落ち着きを取り戻したカレンが、ヴォルトに言う。
「彼らが私達の……いいえ、この宇宙の希望の星になるかもしれないわね」
☆ ★ ☆ ★
アマテラスに別れを告げ、暗黒の宇宙を行くステルナ・パラディセア号。
ルリは、後部座席に座り、もう見えなくなってしまったアマテラスの方角を見つめていた。
コックピットでは、操縦を行う紗那と並んで、スバルが無言で外を眺めている。
それまで黙ったままであった紗那が、唐突に口を開いた。
「スバル。あの時は、助けてくれて……」
暴漢たちから助けてくれた時の御礼を、ずっと伝えようと思っていたのに、すっかり機会を失ってしまっていたのだ。
ところが、いざ紗那が〝ありがとう〟と、口にしようとしたところで、スバルが言葉をかぶせてくる。
「あの時? ……ああ、俺が刺された時のか。お前、よくあの状況下で平然としていたよなぁ」
人形のような顔をしている、と思った時のことを思い出し、スバルが紗那のほうを向く。真っすぐ前方を見つめる横顔に、スバルは、あの時ほかに気になっていたことがあったのを思い出した。
「そう言えば、あの時お前、何か言いかけてなかったか?」
暴漢達に囲まれる中、紗那がスバルを見つめて何か口にしたのだ。
『どうして、…………なの?』
あの時、スバルは気を失いかけていたこともあり、紗那の声はかすれていて、よく聞き取れなかった。
紗那は、あの時『どうして、《《またあなた》》なの?』と聞いたのだ。だが、今それをスバルに問うたところで、きっと彼は自分とのことを覚えていないだろう、と紗那は思った。
「どうして、《《助けてくれた》》の?」
「どうしてって……」
紗那がスバルの方を向く。その黒曜石のような瞳は、相変わらず何を考えているのか分からないものの、改めてよく見ていると整った顔立ちをしている。
(覚えて、いるだろうか――)
そんな期待するような気持ちでじっと見つめてみれば、スバルの頬がだんだんと赤みを帯びていく。唇をとがらせ、ふてくされた子供のように答える。
「人を助けるのに、理由がいるのかよ」
「助けてなんて、言ってない」
「ぁあっ?!」
思わず声を荒げたスバルに、後ろのほうからルリが顔を出した。
「まぁまぁ二人とも。喧嘩しないで、仲良くしようよ~」
スバル、紗那、ルリ。生まれた星も宿命も、性格も違うこの三人が、こうして出会い、旅に出た。
三人の冒険は、今はじまったばかり――――。
To be continued...




