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NOVA☆EARTH~★宇宙大開拓時代★を駆け抜ける青少年たちの青春と冒険譚~  作者: 風雅ありす
第五章 受け継がれた遺志

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3. それぞれの宿命

 ルリは、自分が幸せだと知っている。


 周りにいる人たちは皆、ルリに優しく接してくれているし、食べるものも、住む場所にも困っていない。


 学校へ行けば誰かが声を掛けてくれて、一人でいることはほとんどない。勉強が難しい時もあるけれど、級友たちと互いにわからないところを教え合う時間が楽しいということも知っている。


 講義が終わり、保健室へ行けば、カレンがいて、ルリに今日はどんな一日だったかと聞いてくれる。


 カレンが入れたコーヒーから立ち昇る白い湯気と、消毒薬の臭い。それらに囲まれて、ルリは今日一日がとても幸せだったと実感する。


 カレンは、ルリにとっての大事な家族で、親友のような姉のような存在でもある。ルリのために怒ってくれて、泣いてくれて、一緒に笑ってくれる。彼女がいてくれるからこそ、ルリは今ここに生きていられるのだ。


 満たされた日常。


 それなのに、本当の自分の居場所は、ここではないような気もしていた。


 ルリには、幼い頃の記憶がない。あるのは、カレンと一緒にアマテラスで暮らすようになってからの記憶だけだ。


 どうして自分には過去の記憶がないのか。どうしてカレンは、自分と見た目が違うのに家族として接してくれるのか。なぜ、自分と同じ見た目をした種族が、他にいないのか――――不思議に思うことは、たくさんある。


 それらの答えが、失った記憶の中にあるような気がして、ルリは落ち着かない。


――記憶が戻ることは、もうないのかな?


 カレンの話では、いつか戻るかもしれないけど、戻らないかもしれないという。


 例え戻らなかったとしても、それは、思い出す必要がないからだ、ともカレンは話してくれた。だから焦る必要はないのだ、と。


 そんなカレンは、ルリの過去について確かに知っていそうなのに、ルリにそれを教えてはくれない。それは、ルリにとって何か大事な部分――根幹を変えてしまうことを恐れているようでもあった。


 だから過去を知ることは、ルリにとって少しだけ恐い。けれど、知りたいと思う気持ちが消えることもない。自分は中途半端だ、とルリは感じていた。


 そんな状態だからこそ、誰かから気持ちを告げられても、答えることができない。


 自分が一体何者で、どんな過去を背負っているのか、それを知らないまま誰かとの未来を思い描くことができないのだ。


 そしてまた、ルリは、こうも感じていた。自分と同じ種族は、もうこの宇宙に存在しないのではないか――と。



 その時、保健室の扉が開き、ルリの思考は遮られた。カレンが帰って来たのかと思い振り返った先に、スバルが立っていた。肩で息をして、頬を紅潮させている。


「スバルくん? どうして……」


 スバルの視線がルリを捉える。そして、ぱんっ、と両手を顔の前で鳴らして、拝むように頭を伏せた。


「わるい! ……いや、すまなかった! 怒鳴ったりして……」


 拝まれたルリの方は、思いがけない彼の態度に面食らい、目を丸くしている。数秒経ってから、スバルが星観室でのことを言っているのだとわかった。


 むしろ自分のほうこそ余計なことを言って、彼を傷つけてしまったと思っていた分、ルリは戸惑った。何と返していいのか迷っていると、スバルが顔を上げる。


「俺、《ノヴァ・アース》を探しに行く」


 その瞳は、金色に近い恒星の放つ光のようだった。迷いのない、真っすぐな目に射すくめられ、ルリは動けなくなる。


「母さんが信じていたものが何なのか、俺はそれが知りたい。だから行く。自分の目で確かめるんだ」


 星観室でルリがスバルに向けて口にした言葉への、それが答えだった。


『でも、スバルくんのお母さんは、信じていたんだよね』


 自分でも余計なことを言ってしまった、とルリは後から考えて反省した。ルリは、スバルの母親を知らない。カレンから話に聞いたことはあっても、実際に会って言葉を交わしたことはないのだ――少なくとも、ルリが覚えている限りは。


 それでもスバルは、自分なりの答えを見つけたようだった。そのことが、ルリの心に眠っていた小さな願いに火をつけた。勇気をもらった気がした。


「お前の保護者、怖ぇーのな」


 そう言って、赤くなった頬を指でかきながら笑うスバルを見て、ルリは決心した。


 宇宙へ行けば、自分のあやふやだった部分を知ることができるかもしれない。もしかしたら、自分と同じ種族に会える可能性だって――――。


「私も、いっしょに行って良いかな?」


 目を丸くするスバルに向かって、ルリは「ううん、一緒に行きたい」と、確信をもって言い直した。



  ☆ ★ ☆ ★



 カレンとジョルジュは、従姉弟いとこ同士だった。ジョルジュの父親の姉――伯母は、戦争で早くに夫を亡くし、子がいなかった。そこでカレンを養女にしたのだ。


 つまり、ジョルジュとカレンの間に血の繋がりはない。


 はじめてジョルジュに会った時の印象は、最悪だった。目つきの悪いクソ生意気がガキ――それがどうして特別な存在になっていったのか、それを語ると長くなるので割愛する。


 カレンは、密かにジョルジュのことを想っていた。無口で不愛想だが、その不器用な中に見え隠れする一抹の寂しさや孤独、大事な人を優しくしたいのにやり方がわからない……といった彼が抱える宿命のようなもの、それらがカレンをひどく惹きつけた。


 ジョルジュもまた、カレンに対してだけは他と比べて幾分か、気を許しているように思えた。そんな関係がずっと続くと思っていた――そこにクリスが現れるまでは。


 ヴォルトから、ジョルジュに意中の恋人ができたと聞き、カレンは驚いた。それまで誰にも心を許さず、近寄って来る女の影など微塵も感じさせない男ジョルジュ――そんな彼が意中に想う相手など、カレンには想像もできなかった。


 どんな女かと、一目見てやろうとクリスに近づいた。ジョルジュが騙されるとは思えなかったけれど、妙な女かどうか自分が見極めてやろうという気概でいた。


 そして――――毒気を抜かれた。二人は、大の親友になった。


 カレンの忠告も聞かず、宇宙へと飛び出して行ったクリス。彼女自身、生きて帰れるという保障は、どこにもなかった筈だ。


 それでも、彼女は笑ってこう言った。


『私が死んだら、それは、どこかでまた新しい命が産まれるってことよ。それなのに、どうして生き物を愛する私が幸せじゃないなんて思えるの?』


 夢を追って、全てを捨てたクリス。そんなクリスを大事に想うが故に、引き留めることが出来なかったジョルジュ。


「ばかよ……クリスもジョルジュも……ほんっと、ばか…………」


 私なら、絶対ルリを一人にはしない――――そのことだけがカレンの唯一の矜持である。そのためにカレンは、自分の持っていたもの全てを捨てたのだ。


 カレン自身が養母に育てられ、愛をもらったからというのもある。ルリを愛し、命をかけて守ることが、カレンの宿命であり、人生のすべてなのだ。



 保健室の外で、カレンは、壁に背をやりながら天井を仰いだ。部屋の中から、スバルとルリの会話が聞こえてくる。


(いつか、こんな日が来ることは分かっていた……)


 カレンが予感しつつも、ずっと恐れていた未来。それが今、現実になろうとしている。


 普段からカレンに気を遣って、口にすることはないものの、ルリの心が血族を求めていることは明白だ。自分のルーツを知りたいと思うのは、当然のことだろう。


 でも、それはもっとずっと先のことであって欲しいと願っていた。


(ああ……どうしよう、クリス。私……あの子を笑って見送ることが出来るかしら)


 カレンは、熱くなる瞼をぐっと閉じた。あの子を守っていたつもりだった。でも、いつの間にか、自分の方こそ守られていたのだと、気付いた瞬間だった。



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