4. 星観室(せいかんしつ)
「スバルくん、みーつけた♪」
のんびりとした声と共に、真っ暗な部屋に光が射しこむ。
誰もいないからと仰向けで眠っていたスバルは、まぶしさに目をすがめた。手で顔の前を遮りながら上半身を起こす。
光の方を見れば、閉めていた筈の扉が開き、そこから瑠璃色の髪をもつ少女――ルリが顔を出している。
「おまっ、なんで……」
スバルが不機嫌そうに顔を歪めた。ルリがそれを見て、くすりと笑みをこぼす。
「先生たちが捜してたよぉ~。今度は何をしたのかな?」
スバルの様子には構わず、ルリが中へ入ってくる。扉が閉まり、部屋は再び暗闇に包まれた。それでも、互いの姿が見えるくらいには仄明るい。
頭上を覆うスクリーンが、僅かに青白い光を放っているのだ。ドーム状のスクリーンには、無数の星々が瞬いている。
ルリの歩いた地面に、きらきらと光る星の軌跡が尾を引いた。
笑顔で自分へと近付いてくるルリに、スバルは無言で睨みを返す。その頬には、誰かに殴られたような痣がある。
スバルの痣に目をとめたルリが、悲しそうに眉をハの字に曲げた。
「また喧嘩したの? ケガ、大丈夫?」
そう言ってルリが身を屈めて、スバルの頬へと手を伸ばす。指先がそこへ触れる前に、スバルは顔を背けた。
「俺のことは、ほっといてくれ」
全身から近づくなオーラを出しているにも関わらず、ルリは全く意に介した風もない。にっこり微笑んで、自分の頬にかかった髪を耳にかけると、スバルの隣へ腰を下ろした。そのままぐるりと部屋の中へ視線を巡らす。
「きれい…………ふふ、星観室がスバルくんの隠れ場なんだね」
どこか楽しむような弾んだ声に、スバルはため息をついた。誰にも邪魔されないと思ったからここに身を隠していたのだ。一瞬、部屋を出て行こうかと思ったが、場所を移動するのも面倒なので、再び仰向けになる。
ルリは、宙へ手を伸ばし、星々の間に指で線を描いていた。
(妙なやつだ)
大抵の人は、スバルの容姿を見るだけで避けていく。たまに興味を持って話し掛けてくる者もいたが、スバルの乱暴な口調と素行に辟易し、すぐに離れていってしまう。今では、時折からかわれたり、喧嘩を売ってくる輩しかいない。
ルリのように、何を目的に近づいてくるのかわからない相手は、スバルにとって初めてのことだった。
「宇宙って不思議……自分が今どこにいるのか、わからなくなる……」
その声は、先ほどまでの明るい様子とは違って、どこかしんみりとしている。
スバルが鼻を鳴らす。
「何言ってんだ。アマテラスの宇宙学園だろ」
そうだけど、そうじゃなくて……と、ルリが視線を泳がす。何て言おうかと考えてから、口を開く。
「私……自分が何者なんだろうって、ずっと考えてた。でも、宇宙っていう一つの船に、一つ一つの星が乗っている――ただそれだけなんじゃないかなって……そんな気がしたの」
スバルは目を開けた。ルリの言っていることは、正直よくわからない。でも、スバル自身、マーティエ人と地球人の混血とだけあって、どこの星にも属さない自分は一体何者なんだろうか――と考えることはよくある。
最初に口にしたルリの気持ちが、スバルには少しだけわかる気がした。
「この前、私が出した宿題の答えはわかったかな?」
くるり、とルリがスバルの方へ顔を向ける。その表情には、先ほどまでの憂いなど綺麗さっぱり消えていた。
スバルは、訝しむように眉を寄せる。
「……宿題?」
「どうして私があなたの名前を知ってるのか、っていう問題の答え」
そういえば……とスバルは以前、保健室から出る際にルリがそんなことを言っていたのを思い出す。あの時は気になったものの、母の葬儀でそれどころではなくなり、すっかり忘れてしまっていた。
「…………しらん」
興味がなさそうに目を閉じたスバルを見て、ルリが微笑む。彼女の目には、スバルの知らない過去を懐かしむ色が浮かんでいた。
実はね……と、特別な秘密を打ち明けるようにルリが顔を寄せる。
「昔、私達は一度だけ会った事があるんだよ。覚えてない?」
ふわり、と消毒薬の匂いがスバルの鼻をかすめた。
スバルは、ルリのことを思い出そうとしてみたが、やはり記憶にない。ルリのような珍しい容貌を目にしていたら、きっと覚えているはずだ。彼女の勘違いだろう。
「人違いだ」
そう言って、ごろんと身体を横にし、ルリに背を向ける。
今度こそ目を閉じて寝てしまおうとするスバルの背後で、ルリが瞳を伏せた。
「…………お母さんのこと、残念だったね」
ぴくり、とスバルの肩が震える。
《ノヴァ・アース》の探索隊員の一人が殉職した――――そのニュースは、あっという間にアマテラス中へ広がった。
特に、宇宙学園の生徒たちにとってそのニュースは衝撃だった。何故なら、彼らの幾人かは、将来そのの探索隊に選ばれることになるかもしれないのだ。
スバルの頬に出来た痣の原因も、やはりそれだった。
《ノヴァ・アース》なんておとぎ話を信じるなんて無駄死にだと言われて、つい手が出てしまった。
学園の生徒ですら、《ノヴァ・アース》を信じていない者も少なくない。
スバルは、ルリがこの後に何を言い出すのかと、腹の底に力を入れてじっと耐えた。
「この宇宙のどこかに、希望の星があるんだね」
ルリの声は、穏やかで、耳に心地よい。それでも、次に出た言葉は、スバルの一番弱いところを突いた。
「《ノヴァ・アース》、見つかると良いよね」
ばっと上半身を起こし、スバルはルリを睨みつけた。
「《ノヴァ・アース》、《ノヴァ・アース》……って、もううんざりなんだよ。そんなもの、本気であると信じているのか?!」
ルリの瞳が大きく見開かれる。声を荒げられても尚、ルリは怯えるそぶりすらない。
「でも、スバルくんのお母さんは、信じていたんだよね」
確信するようなルリの言い方に、スバルは思わずかっとなった。
「お前に何が分かるんだよ! もう俺のことは、放っておいてくれっ。お前には、関係ないだろう!」
それだけ言うと、茫然としたルリを一人残して、スバルは星観室の外へ飛び出して行った。




