1. クリスの葬儀
クリスの葬儀は、彼女の母星である地球にて行われた。その惑星が〝青い星〟と呼ばれていたのは、遙か昔のこと。初めて地球を訪れたマーティエ人の外交官が、その青いガラス玉のような星を見て、そう呟いた事が謂われとなっている。
緑豊かな美しい地球。荒みきった故郷しか持たないマーティエ人の目から見れば、それは、まさしく〝理想郷〟だった。元々、資源の少ない惑星で生きていた所為か、彼らには、生来からの好戦的な性質が備わっている。地球が欲しいと、彼らが思わない筈がない。
だからと言って、友好的に接してきた地球人に対して暴挙に出るほど、マーティエ人は愚かではなかった。高い文明力を持つ人種ほど絶対主義を忌むものだ。地球人の持つ文明の高さも、マーティエ人のそれに劣るとも言えない。
あくまで彼らと対等でいようとした地球人は、より強い武力を手に入れようとした。結果、核爆弾実験の失敗により、地上は放射能に覆われる結果となってしまった。年々、悪化しつつあった環境破壊も極みを得た。大地は荒れ、動物は息絶えた。草木一本生えない大地に、酸の雨が降り注ぐ。
人々は、地上で防護服なしに生きていく事が出来なくなった。地球人たちの多くは、地上に張られたシェルターや、地下に造られたアンダーグラウンドに移り住み、必死に生きていた。
その頃からだ。希望の星の存在を求める動きが強まったのは。
スバルは、母親が宇宙へと旅立った後、地球に住む祖父母宅へと預けられた。それから、祖父母が亡くなるまでの数年間を地球で過ごしている。
祖父母が亡くなり、宇宙学園へ入学すると同時に寮へ入った。以来、地球を訪れるのは初めてだ。
母の故郷――地球。母のいない暗い日々を過ごしたこの地を、スバルは今でも好きになれない。
だが、まさかこのような形で再びこの地を訪れる事になろうとは思いもしなかった。
シェルターの中には、続々と弔問客達が集まって来ている。
クリスの親族か、仕事上の関係者たちか……スバルには、見分けがつかない。そんなことは、むしろどうでもよかった。
故郷である地球で葬儀をしたい、という声は意外と多いようで、他の惑星や宇宙ステーション≪アマテラス≫に移住した地球人たちが亡くなったあと、葬儀を行うためのシェルターだ。
元々は、挙式を行うためのリゾート施設であったらしい。必要がなくなったのだろう。地下ではなく、地上に造られており、透明な半球型のドームから宇宙が見える。
スバルがぼうっと、宇宙を見上げていると、通りすがる人たちの噂する声が嫌でも耳に入った。
――……夢を追って死ぬなんて、浅はかな。
――ノヴァアースなんて、あるはずがない。本気で信じていたのか。
――まさか、犬死だよ。なんでも夫が行かせたって言うじゃないか。
――やはり異星人との婚姻など結ぶものではないな。
――子供がいただろう。なんて無責任な……混血児なんて、本人が辛いだけだろうに。
「……っ!」
スバルは、それ以上我慢できなかった。振り返って視線を走らせた先に、不自然な態度で視線を外した客がいた。そちらへ向かって大股で近寄ったところ、たどり着く前に見知った背中が視界を塞ぐ。
「お久しぶりです。この度は、お忙しい中お越し頂き感謝します」
スバルの父――ジョルジュだ。黒い軍服に身を包み、腰を折っても尚、その頭がスバルより高いところにある。
ジョルジュに頭を下げられた弔問客は、気まずそうに表情を取り繕うと、そそくさと逃げるようにその場を離れた。
頭を上げたジョルジュの後ろ姿が、スバルにはこう言っているように聞こえた。
お前は、まだまだ子供だ――――と。
「スバル……」
振り返ったジョルジュが何か言おうとするのを見て、スバルは彼に背を向けた。口も聞きたくなかった。
並べられた椅子の一番端に空いている席を見つけ、そこにどかっと腰を下ろす。周りに座っていた何人かが、顔をしかめてよそへ移動して行った。
葬儀が始まる少し前に、遅れてやって来たヴォルトがスバルの隣に座った。
不機嫌そうな甥っ子の様子を見てとり、「何かあったのか?」と声をかけるも、スバルは押し黙ったままそれには答えようとしなかった。
牧師の挨拶と共に、葬儀が始まる。正面には、クリスタルで出来た墓石に母の名前が刻まれている。もちろん、そこに母クリスの遺体はない。
皆が声を揃えて、葬送曲を歌いはじめる。パイプオルガンの悲し気な音色に、スバルは何故か無性に腹が立った。
一体、誰の為に歌っているのだろうか。
天使があなたを楽園へと導きますように
楽園についたあなたを
殉教者たちが出迎え
聖なる星≪ノヴァ・アース≫へと導きますように
天使たちの合唱があなたを出迎え
かつては貧しかったラザロとともに
永遠の安息を得られますように
聖なる星≪ノヴァ・アース≫を信仰する宗教が地球では流行っているようだった。そんなものある筈がない、という声が大半であるのに、その思想は消えない。
スバルは、いつだったか亡くなった祖母が「人は希望がなくては生きられないのよ」と言っていたのを思い出した。
(俺の希望は……)
無意識に向けた視線が、クリスタルの墓石へと止まる。
『クリスティーン=アルヴィス』と刻まれた文字の向こうに、真っ暗な宇宙が透けて見えた。
一連の儀式が終わり、弔問客達は見知った相手同士で語り合いをはじめる。
焼けた香ばしいスコーンと紅茶の匂いが漂ってきた。顔をあげて見ると、黒い服で身を包んだ給仕たちが椅子を隅へ寄せ、立食の準備を整えようとしているところだった。
食欲の湧かないスバルは、給仕たちの邪魔にならないよう隅へ移動しようと立ち上がる。
そこへ、父親であるジョルジュが近づいてきた。
「スバル、お前に紹介したい人がいる」
スバルに声をかけたジョルジュは、後ろに一人の女性を連れていた。赤い髪を後ろで一つに束ね、マーティエ人の特徴を持つ女性だ。
母が生きていたら、これくらいの年齢になっていただろうか、とスバルは思った。
女性はスバルと目が合うと、ふっと笑みを向けた。その艶のある表情を見た途端、スバルは身体がかっと熱くなった。熱に任せてジョルジュに殴りかかる。
ジョルジュは、自分の顔の前でスバルの拳を止めて、顔をしかめた。
「……《《しつけ》》がなっていないな。礼儀くらい学んだらどうだ」
「どうせ俺はガキだよ! けどな、母さんが死んだって言うのに涙の一つも見せないのが大人だって言うなら、俺は大人なんかになりたくないっ!!」
それだけ言い捨てると、スバルはその場を走り去った。
傍で一部始終を見ていたヴォルトが、慌てた様子でスバルの後を追う。
残されたジョルジュは、息子の拳を受け止めた右の掌を見つめた。赤くなっている。
「あちゃー……なんか誤解されちゃったかなぁ」
悪びれた様子で後頭部に手をあてる赤毛の女性――カレンは、部屋を出て行くスバルの後ろ姿を物惜し気に見送った。親友であるクリスの息子とは、幼い頃に会ったきりだ。向こうが自分を覚えていないのも致し方ない。
今、自分が追い掛けても聞く耳を持たないだろう。ここは、彼が気心知れているヴォルトに任せておいたほうがいい、とカレンは思った。
「涙の一つも……か…………」
ジョルジュの呟く声を耳にし、カレンが眉を寄せる。
「ジョルジュ……?」
カレンは驚いた。いつも仏頂面をして感情を表に出さないジョルジュの様子がおかしい。うつむいて自分の掌を見つめたまま動こうとしない。
「約束、したんだ……」
誰にともなくジョルジュは、赤くなった自身の掌に向かって語りはじめた。
十年前に妻と交わした、あの約束を――――――。




