4. カレンの涙
カレンは、宇宙学園にある保健室の前にいた。中へ入ろうと思うものの、ルリと顔を会わせた時にどんな顔をすれば良いのか解らない。
(あの子、妙に勘が良いからなぁ~。気付かれないようにするには、どうしたら良いものか……)
その時だった。突然、目の前の扉が開いたかと思うと、一人の青年が飛び出してきた。
なんとか寸前で避けたが、その青年は、謝罪の言葉を口にする事なく、そのまま走り去ってしまった。恒星のような髪の色が印象的だった。
「なんだ、なんだ。危ないなぁ~」
そう言いながら、青年と入れ替わるように保健室へと入る。開かれた扉を前にして、入らないわけにはいかないだろう。
「……あ、カレンさん。お帰りなさい」
カレンを迎えてくれたのは、愛娘の笑顔だった。血のつながりはなくとも、今のカレンにとってただ一人きりの家族だ。カレンは、自然と自分が笑えていることに内心ほっとした。
「何だ、私のいない間に男と逢い引きか?」
悪戯っぽく笑ってみせるカレンを見て、ルリは今日二度目の違和感を感じた。
「もう。また、そんな冗談言って。カレンさんが居ない間、大変だったのよ」
ルリは、カレンが不在の間に起きた出来事をカレンに話して聞かせた。
「ふーん。ま、あれだけ走れるなら、大丈夫でしょ」
そこでカレンは、ある事に思い当たったようにはっとした。もしかして……と、訝しむようにルリの顔を覗き込む。
「アレを使ったんじゃないでしょうね?」
カレンは、ルリの表情がわずかに変わるのを見た。
「え、あ、アレね。うん、大丈夫よ。使ってないわ」
「本当に?」
「うん、本当よ」
カレンが、ルリの顔をじーっと見つめる。そこに多少の動揺は見られたものの、一応は、ルリの言葉を信じることにする。とくに顔色が悪そうには見えなかったからだ。
(アレを使うと、いつも青い顔でふらふらになるのよね……心配だわ)
善意の塊であるルリは、必要に駆られれば平気でアレを使う。人前では使うなと言い含めているが、いつでも自分が目を光らせていられるわけではない分、カレンには心配だった。
「それで、彼に助けてもらったお姫様は、王子様にお礼も言わずに帰っちゃったわけだ。なんとも照れ屋なお姫様だこと」
カレンは冗談っぽく仄めかしただけだが、ルリには、彼女の言葉に冷たい棘を感じた。
「違うの! それは私が帰るように言ったからで……」
ルリは知っていた。ルリがスバルの手当をしている間中、ずっと立ったままスバルを遠目に見つめて動かなかった少女のことを。
ルリが「ここは大丈夫だから、行って良いよ」と言って、ようやく彼女は動きを見せた。
そして、彼女が保健室を出る際、ルリはスバルへの伝言を頼まれた。
『そいつが起きたら、すまなかったと、伝えておいてくれ』
固い口調だったものの、ルリには、彼女の気持ちを感じることができた。
「彼女……スバルくんのこと、ものすごく心配していたわ」
同意を求めて、ルリがカレンを見る。カレンは、ルリの話に耳を傾けながら、コーヒーを入れているところだった。
やはりカレンの様子がおかしい。その後姿を見て、ルリは確信した。何がおかしいのか、と聞かれると答えられないが、ルリの直感がそう告げているのだ。
しかし、どこか触れられたくない気配も感じる。直接聞き出すのは、気が引けた。そこでルリは、そう言えば、と話を切り出してみることにする。
「カレンさん、どこに行ってたの?」
カレンは、少し考えてから、次のように答えた。
「過去と会いに」
その言葉の意味が解らず首を傾げるルリを見て、カレンがふっと笑う。その笑いには、どこか覇気がない。
カレンのことが心配になったルリは、思い切って自分から核心を突いてみた。
「何かあった?」
椅子に座り、今まさ入れたばかりの熱いコーヒーを飲もうと口に付けかけた、カレンの動作が一瞬、止まる。そのシグナルを、ルリは見逃さなかった。改めて聞きなおす。
「何が……あったの?」
何故、この子には全て解ってしまうのだろう。どれだけ自分が笑顔を作ったとしても、彼女にだけは嘘をつく事が出来ない。カレンは、コーヒーを飲むのを諦めて、デスクの上に置いた。
「……うん、あった」
今日は、懐かしい出会いが多すぎて、なんだか疲れてしまった。自分に寄り添うように近寄ってきたルリの肩に、カレンはそっと額を乗せる。
「少しだけ、このままに……」
カレンは、静かに泣いていた。




