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三人の道

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 何気ない景色のつもりが、実は意味の分からないものと出遭っていた。怖くもあるが、興味も出てくる事柄だろう。

 自分たちのいる世界。普段は安定していて、このままの状態が続いてほしいと願うこともある。しかし、安定はときに停滞にとても近い。

 停滞は飽きを産み、心はどこか刺激を求めるようになる。そのようなときの来訪者は、まさに渡りに舟。おおいに興味をそそられるかもしれないねえ。

 最近、弟から「お使い」に関する妙な話を聞いたんだよ。耳に入れてみないかい?


 今から数年前。弟がお出かけをしている最中だったという。

 歩きで行ける範囲での用事ということもあり、乗り物のたぐいは使わないウォーキングスタイル。そのときの弟は、小さい丘を越えるようなアップダウンのある道路を使っていたそうだ。

 車も人も、往来はまちまちなそのルートだったが、弟が入り口の上り坂を少し進んだところで。


 ぬっと、上り坂のてっぺんから姿を現したのが、チェックのベストを身に着け、ベージュ色のズボンを履いた禿頭の男性だったらしい。

 歳のころ、少なくとも50すぎ。髪にはたっぷり白いものが混じり、ひょっとしたらもう一線を退いているかもしれない。いまどき珍しい紙の地図を大きく広げて、手に持ちながら坂を下ってきた。

 珍しいこともあるもんだと、すれ違いそうな距離まで来て、弟は声を掛けられた。


 道を教えてほしいとのこと。

 快く受けた弟だけど、彼の持っていた地図をいざ見せられると、奇妙な心地がした。

 全体にセピア色になっているだけでも見づらさがあったが、ガイドブックの代わりとして扱うには、いささか心もとない純粋な地図帳の一部な印象。主要な線路や道路の名前こそあれ、建物などの名前は一切記されておらず、とまどったらしい。

 地図のあちらこちらにつけられている記号も、弟の知る地図記号の知識とはまったくかみ合わなかった。外国の言葉かと、疑ってかかってみても思い当たる節がない。

 けれども、彼の話している言葉は通じる。ここから1キロ前後歩いたところにある、グラウンドへ向かいたいらしかった。


 そこのことは、弟も何度か通りかかって知っている。

 休みになると、ときおり小学生くらいの子供たちによるソフトボールなりサッカーなりの試合が行われることもあった。

 応援にでも行くのかなと、そこまでの道のりを伝えてお礼をもらう。そうしてまた歩き出したのだけど、今度はその坂の終わり。下り坂に転じるあたりで向こうから登ってくる男性と遭遇、再び道を尋ねられる。


 先ほどの男より若い30代くらいだろうか。

 ポロシャツにジーンズといういで立ちで、また道を尋ねられた。地図などは持っていないが、行き先がまた例のグラウンドだったために、弟も少し首をかしげたらしい。

 同じように道を教えながら、今日はあそこで試合でもあったのかなあと、ぼんやり考え始める弟。しかしそれなら、近場のここにも歓声などが届いてきてもおかしくないはずなのだけど。

 男性と別れ、坂を下っていく弟。このあたりに来ると、機械の発する油の臭いがたびたび混じってくる。

 立ち並ぶ一軒家たちに紛れて、車やバイクの整備を行う店があるためだろうか。表立って作業している様子はないが、建物の中で行っているのかもしれない。


 そのややカーブした、見通しの利きづらい先で、弟は飛び出してきた子供と正面衝突しそうになる。

 彼はひと昔前の無線操縦に使うような、両手持ちの送信機を握っていた。細身の銀色のアンテナがぴんと空へ向かって立っている。

 そして弟は三度、例のグラウンドへの道のりを聞かれたのだそうだ。

 これにはさすがの弟も疑問を隠せず、道を教えたあとで彼に、あそこで何があるのか尋ねてみたのだそうだ。


 少年はちょっと迷うようなそぶりを見せたあと、「忘れ物を届けに」とのたまって小走りにその場を後にしてしまう。


 ――忘れ物?


 先にこの道を行き、同じように道を尋ねてきたあの二人の姿が思い浮かんでしまう。

 あの二人の行く場所へおもむいたうえで、忘れ物を渡そうというのだろうか? あの持っていた送信機か何かを?

 いったんは少年を見送り、坂をしばらく下りかけた弟だが、いったん抱いた疑いの種は膨らんでいくばかり。気づくときびすを返して、道を引き返していた。

 向かうはもちろん、三度道を教えたあのグラウンドだ。


 弟も早歩きで向かったものの、少年の背中に追いつくことはできなかった。そう、「背中」には。

 あの時点からグラウンド寄りに、もう数百メートルといったところで弟は先の3人が向こうから歩いて来るのに出くわしたんだ。

 少年を左右から挟む形で老人と男性が歩いてくる。大人たち二人は、全身を泥だらけにしていた。目立つ土くれをたっぷりつけているわけじゃないが、先ほどすれ違ったときに比べれば、その汚れ具合は天地ほどの差がある。

 中央の子供はというと、打って変わったきれいさで、道を尋ねられたときと大差ない。

 ただ共通していたのが、全員にこやかで、満足げな雰囲気をかもしていたということ。弟はそのまま彼らとすれ違うも、誰一人としてこちらへお礼をせず、見やりもしなかったというのには、ちょっとむっとしたらしいが。


 それでも向かったグラウンドには、周りを囲うボール止めのネットたちのてっぺんから、シートが掛けられるところだったという。

 作業の人たちが動く中で、まだグラウンドの見えるところにはトラックなどが数台停まっていたものの、普段では見られないものもある。

 二つ、二つと並んだセットの穴たち。それが見えているグラウンドの大半を埋め尽くしていたんだ。

 穴ひとつは、ちょうど人ひとり分が入れるかどうかといったところ。弟が確認しただけでも20組は下らず、どれほどの深さがあるかは分からなかったとか。


 グラウンドそのものは一週間ほどで、再び使用を許される運びに。そのときにはもう穴たちは残っていなかった。

 弟はあの3人が何かを任されていた、あるいはやらかしていたのだろうとは思っているものの実態は分からないでいるとか。

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― 新着の感想 ―
「安定はときに停滞にとても近い」という言葉には、思わず頷いてしまいました。 ストーリーの展開とても面白かったです。 偶然が3つ重なれば何とやら、何かしら意味があるのでは、むしろあって欲しいというふうに…
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