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江戸っ子のターンです



「するってぇと、なにかい? ここは江戸じゃねぇってのかい?」

「そうです。そして貴方は、『富士見長屋の熊』さんという方ではなくて、ベアード・ガルシアという、貴族家の跡継ぎなのですわ」

「貴族? 公家みたいなもんか……?」


 ベアード様が、通路で胡坐をかいて、腕組みをしながら天井を仰いでいる。前世を思い出したようで、自らを『富士見長屋の熊』だと名乗った。前世を思い出したばかりは、今世の人格は心の奥の方に退いてしまうと、件の本には書いてあった。これから一週間ないし二週間は、この世のことをまるで知らない御仁と一緒に暮らすほかはない。

 それにしてもである。『富士見長屋の熊』さ……いや、ベアード様と呼びましょう。新生ベアード様は、よく喋る。前世がこれだけ喋るのに、今世の彼は何故あそこまで無口になっていたのだろうかと不思議に思うばかりだ。

「それと、わたくしと貴方は、結婚しています」

「…………は?」

「ですから、結婚しているのです。まだ結婚したてですが。わたくし、ルシールと申します。以後よろしくお願いいたしますわ」

「け、けッ、けッ、けッ……こんってよぉ……あれだろ、ヤることヤって、子供を授かってって、あれだよな?」

「……まあ、一般的にそういうものですわね。あの、もう少し言い方を考えてくださると……」

「うおおおおおお!! お光うううう!! これは浮気じゃねえ! 浮気じゃねえからなああああ!!」

 ベアード様が、いきなり天井に向かって叫び始めた。『お光』というのは、もしや、前世の奥様なのだろうか。真っ青な顔をして、泣き喚いているが、これが、あのベアード様かと、驚いた。

「あの……お光、というのは……」

「…………恋女房よ……」

「コイニョウボ……?」

「だぁから! 俺の、コレだよ」

 ベアード様は、御自分の右手の小指をちょこんと立てた。

「小指がどうされましたの?」

「通じねぇなあ! だからぁ! お光は俺のカカアだってんだよ!」

「…………カカア……あッ、お母様ですか?」

「違わああああああ!!」

 大騒ぎしているわたくし達を心配してか、使用人が集まってきてしまったので、ひとまずわたくしの部屋に戻ることにした。新生ベアード様は、おとなしくついてきてくれる。そして、部屋に戻りよくよく話を聞くと、お光さんというのは、やはり前世熊さんの奥方様だった。


「なるほど。お光様に操をたてていらっしゃるのですね」

「操っつうかなんつうか、お光はヤキモチ焼きだからな。俺は浮気なんてしねぇっつってんのに、色々と勘繰ってはキーキー怒るんだよ。まったくモテる男は辛ぇぜ」

 辛いと言いながら、ベアード様はニヤニヤしている。先程から、表情豊かなベアード様の違和感が半端ない。

「ご安心ください。わたくし達は、何もないですわ」

「あん? 何もないっつうのは?」

「初夜の際に、ベアード様はわたくしにこう仰いましたわ。『抱いてはいけない気がする』と」

「……なんだそりゃ?」

「恐らくなのですが……」

 わたくしは、件の本に書いてあった話をした。

 前世を思い出す前でも、前世でどうしてもこれだけは、と考えていたことは魂に染み込んでいるらしい。多分、前世で操をたてていた熊さんは、生まれ変わってもお光様以外の女性とは愛を育むことはできないのだ。なんてロマンティックなのかしら。それを考えると、ベアード様がいつまでも婚約できなかったことも頷ける。これだけの家格があってモテないというのは、無口無表情だけが原因ではなく、ベアード様自身も女性を拒絶していたということに他ならない。そうなるとわたくしが選ばれたのは何故なのかという話になるが。


「ほぉほぉ、なるほど。やっぱりなぁ、俺もお光も、生まれ変わっても一緒になろうって、いっつも言い合ってたからな。あ、いや、言ってたのは俺だけか。いやいや、でもお光のヤキモチの焼きっぷりを見ると、あいつだって同じ気持ちで……ん?」

 照れたように手の平で顔を撫でたベアード様が一瞬固まった。何かを確認するように、鼻の下などに指で触れている。

「どうされまして?」

「いや……なんか鼻の下に、その、なあ、アレあるかい? 姿見ってやつ」

「鏡のことですか? ええ、こちらに……」

 ベアード様を連れて、大きな鏡の前に連れてくる。掛け布をはずすと、ヒィという悲鳴が隣からあがった。

「ちょ、おい、なんだこれ、この、髭は! ふさふさじゃねぇか!」

「あら、ベアード様は、他の方よりはお髭は少な目ですわよ」

「ダメだ! 我慢ならねぇ! ぐわあ! 痛てて……」

「まあ! どうなさったの? 駄目よ、無理に引っ張ったら怪我をしてしまうわ!」

 ベアード様は、涙目になりながら鼻の下の髭を無理矢理引き抜き始めた。慌てて侍女を呼ぶ。剃刀と、泡立てたクリーム、それに温かいタオルを用意させた。

「剃るのは駄目だ! 青くなるだろ?」

「え……ですが……」

「粋じゃねぇ!! 無駄毛なんか生やしてられるか! うひぃ! なんだこれ、胸毛もすね毛も生えてやがる!!」

「まぁ……毛が苦手ですの? 気が合いますわね」

 泣きながら毛を抜くベアード様に、温めたタオルと毛抜きを渡した。侍女が気を使って持ってきてくれたらしい。剃刀で剃ったら青くなる。たしかにそうよね。朝綺麗に剃っても、夕方には青く生えてきてしまうかも。侍女は、お肌を保湿するためのクリームも持ってきていた。ベアード様が毛を抜いているのを見ながら、コクコク頷いている。声を上げることはできないけれど、彼女もまた、イケメン基準に納得がいっていなかったようね。ひょんなことから仲間を見つけてしまった気分。嬉しいわ。

 その後、頭のてっぺんを剃刀で剃ろうとしたベアード様を、侍女と二人、力を合わせて止めた。仲間意識は更にあがったわたくし達である。




更新頑張ります~。

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