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第40巻 死

短編小説

第40巻

わたしは死を見た、わたしは色々な死を見てきた、悲しみに満ちた死を、喜びに満ちた死を、苦しみに満ちた死を、生きる希望を失った死を。わたしは全ての死を経験してきた。私はどんな死も受け入れる。これはわたしが受ける運命であり、わたしの罪である。わたしはこの世の全ての罰を背負い、全ての悲しみを背負い、全ての苦しみを背負う、これはわたしの使命であり、わたしの生きる意味なのだから、わたしはこの世で色々な死を経験して分かったことがある。いや見えた世界がある。それは世界はとても美しいということだ、なぜこんなにも美しい世界なのか、わたしが壊れているからかもしれない。だけど、それはどうだっていい、わたしの見る世界が美しいのであればどうだっていい。わたしは常に死を選ぶ、それは許されざる行為であり、人では選べない道である。わたしは別に生まれ変わっているわけではないし、別に転生しているわけではない。それは表現することはできずそんなものに分類などできない。人間如きがそんなことができるわけがないだろう、人は表現する。しかしそれは一つの罪であり、罰である、人間は表現という行為で罪を背負い、罰を受け、そして懺悔を行う。だから人は表現を止めることはできない。それは死ぬことを意味し、それは本当の死を意味する。だからわたしは死んではない、永遠にこの世に残り永遠にこの世で語り継がれる。しかしわたしは誰にも理解されず、本当の意味で語られることはなく、わたしという個体そのものは永遠に理解されることはない。わたしという概念は人は絶対に語られることはない。それは宿命でありわたしの罪であり、罰であるから、だからわたしが誰であり、何者であるかは誰も理解できず、誰も知ることはできない、わたしは確かに存在するが、わたしは存在していない。だが必ずわたしの人生においてはそれは必ず現れ、わたしは人格を生み、世界を生み、秩序を生み、わたしを作り出す、だがわたしのことを語ることは出来ず、わたしそのものが概念となるからわたしを語る小説の真偽は不確かであり、真実はあって嘘もあり、それ全部が本当である。わたしそのものを表現することは神にだってできない。わたしはいつ如何なる時であろうとしをのぞんでいるから。いや望まないといけないから。

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