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♯91

桃花高校の織田との出会いと、帰りも楽しげなバスの車内。

その帰りの道中で、未乃梨の表情はちょっと沈んでいるようで。

「はーい、千鶴(ちづる)ちゃんと未乃梨(みのり)ちゃん、もっと寄ってね。(れい)はそのまま、あ、耳出してピアス見せて。じゃ、撮るよー」

 織田(おりた)は明るい声で呼びかけながら何枚も自分のスマホで画像を撮った。千鶴と一緒にツーショットを自撮りしたかと思えば、「玲、撮って」と高森にスマホを渡してから未乃梨の肩に手を回してポーズを取ったりと、どこまでも上機嫌だった。

 高森が「全く。しょうがないな」と諦めたように笑った。

瑠衣(るい)、うちの一年生がそんなに気にいったかい?」

「だって、玲が紫ヶ丘(ゆかりがおか)でこんなイケメンな女の子とかこんな可愛い子と部活やってるなんて思わなかったんだもの?」

「あんまり羽目を外すなよ? 桃花(とうか)の後輩に誤解されるぞ」

「大丈夫。カッコいい女の子と可愛い女の子が嫌いな女の子なんかこの世にいません」

 どこまでも満足気な織田は、画像を撮り終わると千鶴と未乃梨にスマホを見せた。

「ねえねえ千鶴ちゃんに未乃梨ちゃん、今撮った画像を送りたいからアドレス教えてくれないかな?」

「あ、……どうぞ」

「是非! 千鶴の画像欲しいんで!」

 少しして、織田に気圧されたような千鶴と食い気味な未乃梨の両方のスマホが震えて、着信を知らせた。届いたメッセージには、たった今織田が撮った画像が十枚ほど添付されていた。

 織田はスマホをセーラージャケットのポケットに仕舞うと、千鶴たちに感じのいい笑顔を向けた。

「それじゃ玲、また一緒にやろうね。千鶴ちゃんと未乃梨ちゃんも、ライブとかやる時は知らせるから、観に来てね!」

 セーラージャケットの襟を軽やかに翻しながら去っていく織田に、千鶴は最後まで好感を抱いていた。

「瑠衣さん、賑やかで楽しい人ですね」

 高森はメッシュの入ったアシンメトリーボブの髪を掻き上げた。先ほど織田がスマホで画像を撮った時に見せたピアスが顔をのぞかせた。

「ああ見えて、『ブロッサムズ&リーブズ』の要だからね。瑠衣のギター、凄かったろ?」

「ソロとかやってるわけじゃないのに、なんか、目立ってましたね」

「目立ってるっていうか、すごくいい仕事してるって感じ? 私、ジャズのことよくわかんないけど」

 未乃梨も、織田が去っていった方を見ながら嘆息していた。

「コンクールに出ない吹奏楽部、かあ。……そんな学校もあるんですね」

「そりゃあ、音楽のスタイルなんて一つじゃないからね。ほら、君ら二人だって」

 高森から顔を見上げられて、千鶴は「あ、そういえば」と漏らした。

「この前の凛々子(りりこ)さんたちと一緒にやった本番も……ですよね」

「そう。小阪(こさか)さんのフルート以外は弦楽器だったそうだし、吹奏楽とは直接関係ないけどね」

「ああいう本番、千鶴とまた出たりするのかなぁ。……あ、何だろ」

 唐突に、未乃梨のスマホが再び震えた。画面を見た未乃梨の表情が、微かに曇った。

「未乃梨、どうかした?」

「うん、何でもないよ」

 未乃梨は、千鶴に見られた表情の曇りを引っ込めた。



 連合演奏会が閉会したあとの、文化ホールからの帰りのバスの中も、行きと同じぐらい賑やかだった。千鶴と未乃梨の後ろに座っている高森と植村(うえむら)は「打ち上げだ」と言ってホールの自販機で売っていた缶のコーラを開けて乾杯していたし、後ろの方の座席の男子たちもトランプの大富豪で盛り上がっていた。

 通路を挟んだ席の上級生から振る舞われたクッキーを口に運びながら、千鶴は隣りの席でスマホの画面に見入る未乃梨に目をやった。

「未乃梨、どうしたの」

「……あのね。中学に吹部で一緒だった子、清鹿(せいろく)学園に行った、って言ったじゃない?」

「ああ、午前中に演奏してた学校だっけ」

 千鶴は、あの剛直で硬く圧力の強い音を思い返した。演奏の前にも顧問らしき人物の話に揃った大きな声で返事をしていたことも、今思えば奇妙だった。

 未乃梨は少し淋しそうな顔で千鶴にスマホを渡した。

「清鹿に行った子、部活はこんな感じみたい」


 ――未乃梨、お疲れ。会えなくてごめんね。紫ヶ丘の演奏、聴きたかったんだけど

 ――ううん、いいよ。どうしたの?

 ――コンクールに勝ちたかったら、よその演奏なんか聴いてないで学校に戻って練習しろ、って言われちゃって。今日はごめんね


「……こういう学校もあるんだね」

 千鶴は、沈痛な気持ちで未乃梨にスマホを返した。

「高森先輩とか、桃花のあの織田って先輩みたいな人もいるのに、ね」

 未乃梨は寂しげな表情でバスの中を見回した。顧問の子安(こやす)は前の方の座席で何人かの部員と部活とはまるで関係のないアニメの話に興じていて、後ろの方の席ではトランプで遊ぶ男子の部員が「おっしゃー! 八切り!」と叫んでいた。通路を挟んだ席ではあのテューバの蘇我(そが)が「いや、私、あんこ食べられませんから」と拒絶した誰かが買ってきた大判焼きを口に突っ込まれて「あれ? ……カス、タード……?」と困惑と歓喜がないまぜになった顔をしていた。

 千鶴はふと、思い出したことがあった。

(そういえば、子安先生、「鬼の子安」って呼ばれてたっていうの、本当なんだろうか)

 バスの前の方の座席で部員たちとアニメの話に興じる子安を、千鶴は見た。

「――あんまり認めたくないものですよねえ、若い頃にやらかした失敗なんていうのは」

 子安が冗談めかして言う何かのセリフに、周りの部員たちは「先生、なにそれ」と、ひたすら笑っていた。


(続く)

 


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