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♯84

高校で最初の定期試験を何とか乗り越えた千鶴と未乃梨。

その後に迫る連合演奏会の本番も、予想だにしないものが待っていそうで……?

「あさがお園」での訪問演奏から三週間ほど経って、千鶴(ちづる)未乃梨(みのり)は緊張と少しの後悔を繰り返す時期を過ごしていた。緊張は二人にとどまらず、紫ヶ丘(ゆかりがおか)高校のほとんどの生徒を覆っていた。

 

 そろそろ制服が夏服に切り替わろうかという時期に、その千鶴と未乃梨に緊張と少しの後悔をもたらした、一学期の中間テストが返ってきた。

 未乃梨は「あーあ」と教室の机に突っ伏した。

「数学二つと英語と古文さえ何とかなってたら……うーん」

「まあまあ、先生たちも、どの教科もちょっと難しかったかも、って言ってたしね?」

「赤点取らずに済んだのはいいけどさあ……あーあ」

 千鶴に慰められた未乃梨が、机から上体を起こしてうなだれた。

「そういえば千鶴はどうだったのよ? なーんか余裕そうだけど」

「ええっと……まあ、全部平均、ってとこかな」

「千鶴っち、それ謙遜のつもりぃ? この、この」

志之(しの)。や、やめてよ、痛いってば」

 結城(ゆうき)志之が、千鶴に横からしなだれ掛かって千鶴の脇腹を肘で軽く小突いていた。

「千鶴っち、なーに世界史で学年ベスト十に入ってるのさ。倫理も点数良かったらしいじゃーん?」

「え? そうなの?」

 未乃梨は思わず立ち上がって、自分より顔半分は背が高い志之とそれより更に上をいく千鶴に詰め寄った。

「そーだよ。ちらっと見えたけど、世界史で九十二点とか千鶴っちやるじゃーん?」

「いや、その、まぐれみたいなもんだしね?」

「さては、あの仙道(せんどう)先輩に勉強も見てもらったとか?」

 志之にからかわれて困り顔の千鶴に、未乃梨が眉を釣り上げかけた。

「……千鶴、どういうことよ!?」

「違うってば。世界史は何かごちゃごちゃしてたから、中学の歴史の教科書から読み直したりはしたけど」

 千鶴は嘘と事実を混ぜた言い訳をして、未乃梨と志之から後ずさりした。

 実のところ、千鶴は部活の個人練習の合間に凛々子(りりこ)が挟む、歴史や西洋の文化に絡んだ話題が気になって教科書を読み返したりはしていた。中学時代以上に細かい内容に面食らいつつ、西洋の古代の部分を復習するうち、「エピクロス主義」などのギリシャ哲学に関する項目や、クセルクセス王などの地中海の古代史に気を取られた結果、その周辺は妙に頭に入ってしまい、結果点数を稼げたのだった。

(半分ぐらい、凛々子さんのおかげなのかもしれないけど……迂闊には言えないよなあ)

 リボンで結った伸びかけのボブを搔く千鶴の肩に、志之は手を回した。

「ま、テストも終わったし、帰りにもんじゃ食べに行こーよ。女バレの連中が千鶴っちと会いたいってうるさくてさ」

「あ、あの、テスト明けなんだけど吹部は部活あるから」

「そうよ。私たち、今月末に本番あるんだからね!?」

「はーい。おお、怖」

 目を釣り上げる未乃梨に、志之はすごすごと千鶴の肩に回した手をほどいた。



 放課後の吹奏楽部の「スプリング・グリーン・マーチ」の合奏は、以前よりは問題なく進んだ。

 千鶴のすぐ近くでテューバを吹く蘇我(そが)は、忌々しそうに千鶴を睨むことはあるものの、全体のバランスを崩すような吹き方はしなかった。

 よく見ると、蘇我は顎がまだ治らないのか、弱音を指定されている場所は休んで、同じテューバの二年生の新木(あらき)に任せていた。

「蘇我が大人しくなってくれたし、これでコンクールも江崎(えざき)さんの弦バスが入ってくれたら、助かるんだけどなあ」

 合奏が終わったあと、蘇我が近くにいないことを確かめてから、新木は千鶴にぼやいた。

 ユーフォニアムの席に座っていた植村が銀色の自分の楽器を床に伏せると、前下がりボブを揺らして千鶴に振り向いた。

「しょうがないじゃん? 初心者にいきなりコンクールはキツいって。ま、夏の間は仙道さんにしっかり鍛えてもらいなね」

「そうします。……実は、凛々子さんに、秋に発表会に出ないかって誘われちゃって」

「いいじゃん? ピアノ伴奏見つかんなかったらあたしやるよ?」

 椅子の背もたれに肘を置いて乗り出した植村に、いつの間にかフルートを持った未乃梨が立ちはだかった。

「植村先輩、ダメです! 千鶴の伴奏は私がしますから!」

「はいはい。そういや、『ドリー組曲』、ピアノで弾いてみた? ピアノが弾けるやつは原曲をある程度さらっとけって話だったけど」

 未乃梨をなだめながら、植村は話題を変えた。

「テスト期間中だったし、あんまり……。譜読みはしたんですけど」

「折角だし、ちゃんと勉強しときなよ。うちの部はその辺、手は抜かない主義だからね」

 植村はようやく椅子から立ち上がると、ベルを下にして床に伏せた銀色のユーフォニアムを持ち上げた。

「手を抜かない? こんなにのんびりなのに?」

 思わず、未乃梨は千鶴の顔を見上げた。千鶴も、未乃梨の顔を見ながら小首を傾げた。

「あんたたち二人、早速部活外で本番やってきたんだって? 子安(こやす)先生、是非やって勉強してこいみたいなこと言ってたでしょ?」

 小さく鼻を鳴らしつつ、植村は千鶴と未乃梨の顔を等分に見た。その声に咎めるような色合いはなかった。

「そういえば……?」

「ま、連合演奏会で分かるよ。二人とも、楽しみにしときな」

 微笑む植村に、千鶴と未乃梨は頭の上に疑問符を浮かべた。


(続く)

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