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♯76

「あさがお園」で演奏の後で、カフェで語らう千鶴と未乃梨と凛々子。

凛々子は再び、千鶴と未乃梨に今後のことで持ちかけたいことが色々あるようで。

 楽器や譜面台を詰め込んだ車に乗り込んだ智花(ともか)瑞香(みずか)を見送ると、千鶴(ちづる)凛々子(りりこ)未乃梨(みのり)に挟まれるような形で、「あさがお園」を出た。

 紫ヶ丘(ゆかりがおか)高校の最寄り駅に向かう途中、未乃梨は口数が少なかった。何も言わないまま、凛々子の反対側で千鶴の手を取って歩いていた。

 凛々子はそんな二人をねぎらった。

「お二人とも、演奏お疲れ様。この後、ちょっとお茶でもいかが?」

「あ、大丈夫です」

「……行きます」 

 即答した千鶴に少し遅れて、未乃梨がためらいがちに答えた。凛々子は、未乃梨が千鶴とつないでいる手に一瞬だけ目を落としてから、二人の先に立って歩き始めた。

「時間は取らせないわ。駅前のカフェにしましょうか、渡すものもあるしね」

「へ?」

「渡すもの、ですか?」

 凛々子の申し出に、千鶴と未乃梨は顔を見合わせた。



 注文したドリンクを受け取ると、三人は窓際のカウンターの席を取った。今度は、未乃梨が千鶴と凛々子の間に挟まれる形になって座った。というか、凛々子は未乃梨が真ん中の席になるように、自分から回り込んだように千鶴には思われた。

 席につくと、凛々子は二人に白い封筒を一枚ずつ渡した。

「今日はお二人とも、本当にお疲れ様でした。これ、お二人分の演奏の謝礼よ。交通費分とちょっとぐらいだけれど」

「あ、ありがとうございます」

「……謝礼って、私、もらうの初めてかも」

 千鶴は封筒を弓ケースや楽譜の入ったトートバッグに入れ、未乃梨は感慨ありげに封筒を見てから、長財布に仕舞った。

「あさがお園って、子供たちにちゃんとした演奏を聴いてほしいって理由で、絶対にタダで演奏は頼まないの。それに二人とも、それを受け取るだけの演奏はできたと思うわよ。特に、今日が初めての本番の千鶴さんも、ね」

「本当ですか? ……ありがとうございます」

 改めて礼を言う千鶴に、未乃梨は「そういえば」と思い出した。

「千鶴、園の子たちに、おっきいおねーさん、って言われて懐かれてたね?」

「そうね。千鶴さん、あなた、小学校の先生とか向いてたりしてね?」

 凛々子も千鶴に笑いかけて、「さて、本題なのだけれど」と笑顔を崩さずに切り出した。

「お二人とも、うちのユースオーケストラの演奏会、聴きに来てみない?」

 カフェのカウンターに凛々子が出した、「星の宮ユースオーケストラ」という演奏会のチラシに、千鶴は見覚えがあった。

「前に言ってたましたね。『グレート』っていう曲をやるんでしたっけ?」

「六月ですね。吹部の本番の連合演奏会が中間テスト明けの五月の終わりにあるから、その後かあ」

 未乃梨もスマホのスケジュールと演奏会の日付けを見比べた。

「土日だと……私、コンクールメンバーで、そっちの練習に出なきゃいけないんで聴きに行けないかも」

「あら。じゃ、千鶴さんお一人かしら?」

「……待って下さい。私も、可能なら千鶴と聴きに行きたいので!」

 未乃梨は詰め寄るように凛々子の顔を見た。その未乃梨の肩に千鶴が手を置いて、未乃梨をなだめた。

「未乃梨? ここ、カフェだよ? 公共の場でいきなり大きい声出さないでね?」

「わかってるわよ。千鶴、一緒に行こうね」

 千鶴に振り返った未乃梨の変わり身の速さに、凛々子はやや困ったように微笑んだ。

「大丈夫、招待券はお二人の分を準備できるから、そんなに心配しないでね。また、詳しいことは放課後に吹部で千鶴さんの練習のときにでも伝えるわ」

 未乃梨は、凛々子の発言を聞いて顔を一瞬こわばらせた。

「え? 凛々子さん、これからも千鶴の練習に顔を出すんですか!?」

「あら、いけないかしら? 弦楽器奏者として、千鶴さんに教えることはまだまだ山のようにあるわよ?」

 さして特別なことでもない様子で顔色ひとつ変えない凛々子と、やや引きつった顔で凛々子を見つめる未乃梨を、千鶴は困ったような顔で間に入った。

「あの、未乃梨? 凛々子さんも好意で私の練習に付き合ってくれるだけなんだし、未乃梨だって部活以外でも私と一緒のことが多いんだし、ね?」

「何なら、また一緒に本番に出てみる? 秋になるけれど」

「え!?」

「ほぇ!?」

 今度は、千鶴と未乃梨が同時に豆鉄砲を喰った鳩のような顔をした。

「私の入っている星の宮ユースオーケストラのメンバーで、二学期に入ってすぐ発表会をやるのよ。ソロでも室内楽でもいいわ。ソロなら自分でピアノ伴奏を見つけて来なきゃいけないけど」

「千鶴、それ出ようよ。ピアノ伴奏なら私やるから!」

「あら、未乃梨さんたらピアノも弾けるのね? 千鶴さんが出るなら私が伴奏しようと思っていたのだけれど」

 凛々子はどこまでもいたずらっぽく笑った。

「ダメです! 千鶴が初めて一人で弾く本番なんでしょ? だったら伴奏は私が!」

 目尻を吊り上げかけた未乃梨の表情は、先程までの言葉少なで元気のない様子が嘘のように影を潜めていた。

 千鶴は、未乃梨と凛々子をどうとりなすべきか、途方に暮れた。


(続く)

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