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♯60

凛々子が聞いた、千鶴が誰とも知れないクラスに告白されたという話。

一方で、凛々子の気持ちもいつしか明確な形を持ち始めていて。

「告白された、ですって?」

 さほど驚いてもいない様子で、凛々子(りりこ)は改めてうつむいた千鶴(ちづる)の横顔を見た。

「それで、気持ちの整理がちょっと難しかったのね?」

「……はい」

 つとめて優しい言葉で、凛々子は千鶴に接した。

(誰に告白されたか、って聞かないでくれるんだ……)

 凛々子が立ち入ったことを聞こうとしないのは、千鶴には少しだけ嬉しかった。凛々子が千鶴に尋ねたのは、別のことだった。

「で、その子のこと、あなたはどう思っているの?」

「大事な友達で、……その子のことは好きだけど、そういう好きかどうかまだわからなくて。その子が、私のことをそこまで思ってるってことなんて、想像もつかなくて。こんなこと初めてだし、……私、どうしたらいいか」

 千鶴はうつむいたまま、何とかまとまらない気持ちを震えそうな声で言葉に変えた。

「今は、そんな風に言葉にしてみるだけで十分よ。よく、私に話してくれたわ。その子、大事なお友達なのね?」

 凛々子は穏やかに響く声で千鶴を落ち着かせた。

「……はい」

「じゃ、千鶴さんがそのお友達とどうなりたいか、今はゆっくり考えてみてはどうかしら。友達のままでいるか、お付き合いするか、他にも色んな道があるかもしれないし、ね」

「上手く、いくでしょうか」

 凛々子の声に、穏やかで優しい響きが濃くなった。

「いくわよ、きっと。千鶴さんにはその子のことが本当に大切で、その子との関係が壊れてしまったら、その子が悲しむんじゃないかっていうことが心配なのではないかしら?」

「それは……」

 千鶴は思わず顔を上げた。凛々子の言葉は、千鶴の心の奥の何重にも絡まった部分を解き始めていた。

 凛々子は自分より顔ひとつ分近くは高い、千鶴の目を見上げた。

「私、その子はあなたがそういう風に考えてくれる、優しい部分を好きになったんじゃないか、って思うの」

「その子の、私を好きになってくれた部分……ですか」

「そう。まずは、その子に考える時間をほしいって伝えてみて、二人でじっくり話し合ってみればいいんじゃないかしら。きっと、その子はあなたの話を聞いてくれるはずよ」

 千鶴の顔は、まだどこかしら曇ったままだった。それでも、うつむいた目線は明らかに上向いていた。



 部活が終わってから、千鶴は帰宅する凛々子と別れて音楽室へコントラバスを返しに向かった。

 音楽室では、未乃梨(みのり)が千鶴を待っていた。二人は、珍しく手をつながずに、言葉少なに校門を出た。

 先に口を開いたのは、千鶴だった。駅のホームで電車を待つ間、千鶴は隣に立つ未乃梨に、勇気を振り絞って振り向いた。

「ねえ、未乃梨。……昼休みのことだけど」

「……うん」

「私も未乃梨のことは、好き。だって、大事な友達だから。……でもね、私の好きな気持ちは、未乃梨に私のカノジョになってほしいっていう気持ちかどうかは、まだ、分かんない。……ごめん、考える時間が、ほしい」

「……いいよ。気にしないで」

 未乃梨は、不安で平静が崩れそうなのか、じっと足元を見た。

「でもね、知っていて欲しかったの。私が千鶴のカノジョになりたい、って気持ち。ちょっと意味は違うかもしれないけど、千鶴は私の大事な人だから。私は、自分が千鶴のことをそういう意味で好きだっていう気持ちに、嘘はつけないから」

 未乃梨はこの日、千鶴に初めて笑顔を見せた。未乃梨の瞳は潤んで、ホームの照明に当てられて光っていた。

 千鶴は「わかった。忘れないよ」と頷いた。未乃梨は、千鶴から視線を逸らして微笑した。

「……もう。そんな風に優しいから、千鶴のこと好きになったんだよ?」

「そうだったんだ。知らなかったよ」

 二人は、電車が来てから、最寄り駅で降りるまで、ずっと黙ったままだった。



 バスに乗り込んでから、凛々子は千鶴に自分が言った言葉を頭の中で繰り返していた。

(千鶴さんの優しい部分……本音が、出てしまったわ。私の気持ちそのものじゃない)

 凛々子から見ても、千鶴は悩みながらも告白してきた相手を何処かしら気遣っているような素振りがあった。

(あんなところを見せられて、あんな話を聞かされて。千鶴さんを好きにならない人がいるかしら。……私も、そうなってしまったみたい)

 バスを降りて家まで歩きながら、凛々子は思いを巡らせずにはいられなかった。

(千鶴さんに告白した同じクラスの子……一体、誰かしら。男の子? それでも、女の子?)

 そこまでたどり着いて、凛々子は足を止めた。日は随分と傾いて、凛々子の頭上の街頭が灯っていた。

(女の子だとしたら……もしかして、未乃梨さんかしら。……有り得そうな話だわ)

 普段から未乃梨が千鶴と手をつないだり、腕に抱きついたりと接触はかなり多い方だった。楽器どころか音楽自体の経験がほとんどない千鶴が、高校で未乃梨と同じ吹奏楽部に入っているのも、未乃梨が千鶴を誘ったからではないか――そんな推測が、凛々子の中に浮かび上がりつつあった。

(もしそうなら……未乃梨さんと私は、いつか遠くないうちにぶつかるかもしれないわね)

 凛々子は、歩いてきた方を振り返った。そろそろ、夕風が昼間の暖かさを抱えたまま吹く季節に入っていた。

(私も、千鶴さんに伝えるべきかしらね。……好きだ、ってこと)

 以前一度だけ自分が手を預けたことのある、千鶴の男性なみに大きな手の感触を、凛々子は思い返していた。


(続く)

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