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♯45

何故か千鶴に敵意を向けてくる吹奏楽部の蘇我。彼女の敵意の理由を知るために、凛々子が千鶴と未乃梨にとある提案を持ちかけて……?

 苛立たしそうな表情を千鶴(ちづる)たちに向けた蘇我(そが)が立ち去ると、千鶴と未乃梨(みのり)凛々子(りりこ)は顔を見合わせた。

 凛々子は、蘇我のベリーショートの髪の後ろ姿を見送ると、小首を傾げて千鶴と未乃梨に尋ねた。

「あの子、吹奏楽部の部員? 今日の合奏で何かあったの?」

 千鶴はリボンで結ったショートテイルの頭を掻いた。

「あの子、吹部でテューバって楽器吹いてる蘇我って子なんですけど、なんかコントラバスを弾く人が嫌い、みたいで」

「コントラバスが嫌いなテューバ奏者……ふーむ?」

 怪訝な顔をする凛々子に、未乃梨が説明を続けた。

「それで、合奏中に千鶴を邪魔するみたいに意味もなく大きい音で吹いてて、顧問の先生から軽く注意をされたら不貞腐れて吹かなくなっちゃって」

「それは災難だったわね。にしても、コントラバスを弾く人が嫌い、ってどういうことなのかしら」

 千鶴は肩をすくめた。

「全くわからないですね。吹部の先輩たちから、弦バスを目の敵にすんのよしなよ、って言われてもあんな調子で」

「妙だとしか、言いようがないわね。ところで」

 凛々子は腕を組むと、形のいい顎に人差し指を当てた。

「その蘇我さんって子、さっき千鶴さんに、女の子二人も侍らせて、って言ってたけど」

 急に、未乃梨が真っ赤になって、千鶴の腕にしがみついた。

「ちょっと千鶴! しばらく凛々子さんに半径一メートル以内に近づくの禁止!」

「未乃梨さん、あなた何言ってるの」

「凛々子さんも! 千鶴と手をつないだりとかダメですからね!」

「え、あの、それは」

 何故か慌てる千鶴と目尻を吊り上げる未乃梨を当分に見ながら、凛々子はとっくに蘇我が立ち去って姿が見えなくなった校門に目を向けてから、ふといたずらっぽく微笑んだ。

「何なら、蘇我さんに、もっと見せ付けてみるのもいいかしらね?」

「ちょっと凛々子さん、一体何を――」

 先程から千鶴の腕にしがみついたまま目尻を吊り上げている未乃梨が、視線をそのまま凛々子に向けた。

「朝とか放課後の練習の時に、私たち三人で今度の曲を合わせるのよ。蘇我さんの目に付けばただ一緒に演奏する間柄だって分かってくれるだろうし」

「でも、そんなに都合良くいきますかね?」

 今度は未乃梨に腕を取られたままの千鶴が、不安そうに凛々子を見た。

「千鶴さんが女の子二人といつも一緒に何か曲を合わせてる、っていう話が蘇我さんって子の耳に入ればいいの。それで何も反応がなければ良し、突っかかって来るならその場でお話を聞かせてもらえばいいわ」

「……じゃあ、凛々子さんも朝から音楽室に来るんですか!?」

 未乃梨は、吊り上げた目を今度は丸くした。

「そうよ。ゴールデンウィークの本番まであまり日もないし、丁度いいでしょう?」

「なーんか、納得いかないなあ」

「……未乃梨、凛々子さんが来るだけであとはいつも通りだから、ね?」

 釈然としない顔の未乃梨にくっつかれたまま困り笑いをする千鶴に、凛々子は「あらあら」と微笑んだ。



 週が明けた月曜日の朝に、千鶴と未乃梨と凛々子は音楽室に集まった。

「二人とも、おはよう。今日は朝日が気持ち良いわね」

 音楽室から見えるからりと晴れた朝の青空とは裏腹に、未乃梨は少し不満そうに少しだけ顔をむくれさせた。千鶴はコントラバスを準備しながら、困ったように未乃梨をなだめようとした。

「あの、未乃梨? 凛々子さんのこと、そこまで嫌いじゃないでしょ?」

「千鶴、無駄口叩いてないで早くチューニングして。ほら、(アー)出してあげるから」

 フルートを出してチューナーのスイッチを入れた未乃梨が、おもむろにAの音を吹き始めた。凛々子も、ヴァイオリンを構えて調弦に取り掛かった。

「オーケストラだとオーボエに合わせるけど、フルートに合わせるのも新鮮ね。未乃梨さん、音が素直だから合わせやすいし」

 チューナーを見ながらフルートでAを吹いていた未乃梨の顔から、毒気が抜けた。千鶴のコントラバスと凛々子のヴァイオリンの、二人の開放弦の音が整いながら混ざり合っていく。

「……もう。凛々子さんったら。さっさと練習始めますよ」

「未乃梨、何から始めようか?」

「『G線上のアリア』から。千鶴、テンポ任せたわ」

 未乃梨に促されて、千鶴は凛々子がヴァイオリンを構えるのを見てから軽く息を吸って、三人での「G線上のアリア」が始まった。

 未乃梨が主旋律をフルート吹く「G線上のアリア」は、前に瑞香(みずか)智花(ともか)を交えて合わせた時よりやや前のめりに進もうとしていた。それに気付いた千鶴が、凛々子に一瞬視線を送ってからコントラバスのピッツィカートで刻むリズムをやや速めた。

「G線上のアリア」の表情が生き生きと彫り込まれて、祈るような旋律が決して受け身にはならない活力を帯びて歌われていく。朝一番で合わせたにしては、三人の演奏はもたつくどころか心地良くまとまっていた。



 蘇我は、昇降口の靴箱で上履きに履き替えながら、怪訝な顔をした。

 音楽室で誰かが合わせている、フルートの音が入った曲が聴こえてきて、蘇我の表情を強張らせた。

(フルート? 吹部の誰か? 部活に関係ない曲を?)

 フルートと合わせている何かの楽器や、聞き覚えこそあっても題名に見当のつかない曲に、蘇我は不機嫌な顔をした。


(続く)






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