♯342
女子バレー部主催の男装喫茶の衣装合わせに行った千鶴の画像に色めき立つ未乃梨。その千鶴が、帰り道で未乃梨に切り出した話は……。
(これが……千鶴!?)
未乃梨は高森のスマホの画面を見て、息を飲んだ。
画面の中で、白い長袖のシャツにダークグレーのベストを重ねて、黒いネクタイを締めた、やや頬を染めた千鶴の姿はこの上もなく決まっていた。
千鶴の髪はそろそろ肩に届きそうな伸びかけのストレートの黒髪をノーセットのままにしているが、それが千鶴をかえって男の子のようにも見せて、不思議にダークグレーのベストを着た若き執事のように見せている。
スマホの画像に見入る未乃梨に、高森は「他にもあるみたいよ」と画面をタップして次の画像を開く。横でギターを抱える織田が、「おお?」とその画面をしげしげとのぞき込んだ。
未乃梨は織田の後ろから高森のスマホの画面を見て、ついに口から言葉が漏れた。
「千鶴、こんなのも着たんだ……?」
そこには、伸びかけの髪を黒い細めのリボンで結んだ濃紺のジャケットに黒いボウタイの千鶴が、少し恥ずかしそうな表情で教室の机に軽く腰掛けている。
別の画像ではそのジャケット姿の千鶴が、未乃梨の知らない黒いベスト姿の長身の女子生徒に肩に手を置かれてはにかんでいる。千鶴に絡んでいるそのベストの女子生徒は、撮られ慣れているのか表情が妙に爽やかに整っていた。
千鶴とそのベストの女子の後ろでは、ジャケットやベスト姿のメンズコーデで決めた女子たちが、二人を引き立てるかのようにポーズを取っている。
その画像を、高森が織田にも見せた。織田が、ギターを音楽室の机に置いて眉を軽く上げる。
「千鶴ちゃん、何か凄いイケメンに絡まれてるね?」
「あー、演劇部の二年の天田さんだ。確か部活の公演でしょっちゅう男役やってる人」
後ろで唖然としている未乃梨をやや気にしつつ、織田が千鶴の後ろに写っている面々に視線を移しながら小さく失笑する。
「後ろでポーズ決めてるのも結構かっこいいの揃ってて、正直ウケるんだけど?」
「これ、女バレとか女バスの面子だね。何か今年はホストクラブでもやるのかって勢いだなあ」
「だ、駄目です! 千鶴がホストなんて!」
思わず声を張り上げた未乃梨を、高森が「まあまあ」となだめた。
「江崎さんは文化祭の間だけお茶の提供と、あと演奏もちょっとやるだけだから心配しなくて良いでしょ?」
織田も、未乃梨に面白そうに振り向く。
「何なら、未乃梨ちゃんも文化祭でメイド服とか着る? 桃花の軽音でコスプレとか詳しい子いるし、借りてこようか?」
「もう、瑠衣さんまで何言ってるんですかっ」
そう声を荒げる未乃梨の視線は、高森のスマホに表示されている男装した千鶴をしっかりととらえているのだった。
帰りの電車で、千鶴はいつも以上に未乃梨に距離を詰められていた。
たまたま空いている座席を見つけた未乃梨が、千鶴の手をやや強引に引っ張って隣に座らせたのだった。
「私も千鶴の衣装合わせに付き添えばよかったなぁ?」
「……あはは」
千鶴は誤魔化すように笑うと、自分のスマホを見せる。
そこには、音楽室で見た高森のスマホの画像とは違うものが映し出されている。そこではジャケット姿の千鶴が、モーニングを着たあの天田というらしい演劇部の二年生と背中合わせに立っていた。天田は意外に髪が長いらしく、他の画像では見えなかった括った髪を左肩に流している。
「でも、他の人たちもカッコよかったよ。天田先輩とか私と身長あんまり変わんなかったし」
「……千鶴、本っ当に女の子にモテるわよね」
険しくなりかけた未乃梨の表情に、千鶴は涼しくなり始めた季節にしてはやけに多い汗を背筋に感じる。
電車を降りる頃には、未乃梨の機嫌は直ったかに見えた。千鶴は、夕闇の中で自分の手を引いて歩く未乃梨に、そっと切り出す。
「あのさ、未乃梨」
「んー、何?」
「この前の発表会の後で、もらった話なんだけど。今度、星の宮ユースのオーディション、受けようかと思って」
「そうなんだ? 凛々子さんが入ってるオーケストラだよね?」
未乃梨は、意外にも驚いていなさそうではあった。それでも、千鶴は自分の手を引いて少し前を歩く未乃梨の表情が、日没前後の暗がりでよく見えず、少し不安になる。
「うん。来週、行ってくるよ」
「それじゃ、頑張んなきゃね?」
千鶴の手を引いたまま振り返る未乃梨の表情は、いっそ明るい。
「え?」
「もう、何驚いてるの?」
意表を突かれた千鶴の顔を、未乃梨はじっと見上げてくる。
「私、千鶴がオーケストラに行くの、反対しないわよ。……そりゃ、千鶴が凛々子さんに取られちゃうかも、とか心配はちょっとあるけど、それより千鶴の上達じゃない?」
「それじゃあ……?」
「オーケストラでも、部活でも、千鶴がカッコよく弦バスを弾いてるところ、私はやっぱり見たい、かな」
未乃梨は、そう言いながら視線を前に向けて再び歩き出す。その千鶴の手を引く力は、少し強まっている。
「来年のコンクール、しっかりオーケストラで鍛えてもらった千鶴と一緒に吹きたいし、今度の文化祭の男装喫茶も、千鶴と一緒にやるの楽しみにしてるんだから、ね!」
そう明るく言い切る未乃梨に、千鶴も微笑む。
「オーディション、気合い入れて行ってくるよ」
「……本当に、頑張ってね。しっかり弾いてきてよね?」
そう穏やかに言う未乃梨の表情は、日がとっぷり暮れた中ですっかり見えなくなっていた。
(続く)




