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♯341

音楽室で未乃梨が高森や織田と曲を合わせている頃、千鶴は女子バレー部の男装喫茶の衣装合わせに連れて来られていた。そこで千鶴が出くわしたのは……?

「ここ、だよね……」

 見慣れない上級生の教室に連れて来られた千鶴(ちづる)は、辺りを見回して後ずさりをしそうになった。

 その、カーテンを閉めて廊下側にもどこからか運び込んだらしいパーテーションを巡らせて外から中を見えなくした三年生の教室には、女子としては明らかに長身の生徒が何人か立ち話をしていたり、机に腰掛けたりしている。

 教室の後ろにはカバーの掛かったハンガーラックらしき何かがあり、千鶴はそれが目に入らないように顔をそれとなく背ける。

 彼女たちの制服の襟元のリボンタイが千鶴や志之(しの)と同じ青以外に、凛々子(りりこ)と同じ赤の二年生や緑の三年生もいる辺り、女子バレー部が全校から男装喫茶のキャストを募ったというのは間違いなさそうだった。

「千鶴っち、どうしたの? 入るよ」

 志之に押し込まれるように教室に入った千鶴を、見覚えのあるベリーショートで長身の女子生徒が千鶴に声を掛けてきた。

「お、一番の目玉のキャストが来たね」

流山(ながれやま)先輩、お疲れ様っす」

 ベリーショートの流山に、志之が運動部の一年生らしく丁寧に頭を下げる。

結城(ゆうき)、ご苦労さん。それじゃ、採寸始めるから、これを教室のドアに貼っといて」

「了解っす!」

 志之は「女バレキャスト衣装合わせ中 男子禁制」と太めのサインペンで書かれた画用紙とセロハンテープを渡されると、教室の外にポニーテールの髪を揺らして出て行った。

(……今から、本当に着替えるの? ええ?)

 戸惑う千鶴に、後ろから「とっとと終わらせるよ。女同士なんだし、恥ずかしがらずにとっとと採寸しちゃいな」と声が飛んできた。

 千鶴が振り向くと、そこには見覚えのある日焼けした肌にボブの髪の、千鶴より握り拳ひとつほど背の低い二年生が、メジャーを持って立っていた。

「あの、えっと……」

 尻込みをする千鶴に、教室にいる他の長身の女子生徒たちがひそひそ話をしだす。

「……あの子、四月に色んな運動部から誘われてなかった?」

「……女バスも断られましたよ。同じ中学の子と一緒の部活らしいですね」

「……うち演劇部なんだけど、部長が男役いけそうな原石を見つけたから勧誘してくる、って言って三十分後にしょげて帰って来たんだよな」

 後ろのひそひそ声に及び腰になりかける千鶴を、流山の声が更に追い立てる。

「それじゃ、サイズが分かってる子はもう着替えちゃって。そっちの江崎(えざき)さん、自分のスリーサイズとかは覚えてる?」

「身長は一七八センチですけど、他はちょっと……」

 流山が、「へえ?」と千鶴を頭のてっぺんから足の爪先まで見回した。

「女バレのレギュラー全員よりでかいねえ。それじゃ神野(じんの)、測ってやって」

「オッケー。じゃ、やろうか」

 神野というらしい日焼けした肌にボブの髪の二年生がメジャーを持って迫ってきて、千鶴は表情を凍らせた。

 採寸は千鶴が拍子抜けするほど早く済んだ。

 神野は千鶴の胸囲や腰回りを制服のブラウスやスカートの上から手早く測ると、千鶴から一歩離れて全身を見回す。

「ウェストは私よりちょっと細いぐらいかな。他は私と同じようなサイズで見て大丈夫そうだね」

 神野が手早くタブレットに何か打ち込むと、「じゃ、こっち」と千鶴を教室の後ろのハンガーラックの前に引っ張ってきた。その周りでは、他の女子たちが恥ずかしげもなく制服のブラウスを脱いで衣装に袖を通していて、千鶴は再び顔を強張らせそうになる。

「とりあえず、ベストとジャケット着てみようか。あ、ズボンもね」

 神野はそう言い残すと、カバーを開けたハンガーラックから衣装をいくつか取り出した。

(……もうこうなったら覚悟を決めるしか、ないか)

 千鶴は、未乃梨から渡されたポーチを置いて他の女子たちに背を向けると、制服の青いリボンタイを襟元から抜きとってブラウスのボタンに手を掛けた。


 音楽室で、未乃梨(みのり)は「マイ・フェイヴァリット・シングス」を最後まで吹ききった。

 周りで、サックスを持った高森(たかもり)が何やら納得したように頷いて、ギターを抱えた織田(おりた)と顔を見合わせる。

 フルートから唇を離すと、未乃梨は二人の上級生に恐る恐る尋ねる。

「あの、……どうでしょうか?」

 言葉で答える前に、織田は未乃梨にピックを持ったままの右手を、親指を立てて差し出した。

「良かったよ! まだ慣れてない感じはあるけど、しっかりスウィングで乗れてた」

「本当ですか?」

 喜色が顔に浮かぶ未乃梨に、サックスのマウスピースを口から放した高森も口角を上げる。

「あとは王子様が弾くベースを入れたアレンジを作るだけだね……おっと」

 不意に、音楽室の机に置いた高森のスマホが震える。高森はその画面を見て、一度目を丸くすると、「ふんふん」と何度か頷きながら面白そうに微笑む。

 織田が高森を混ぜ返した。

(れい)がセッション中にスマホを見るなんて珍しいね?」

「これは見ちゃうよ。そのベースの王子様、今こんな格好をしてるらしいよ?」

 高森が織田にスマホを見せて、織田が「おいおい」と笑う。

「これでベースも弾くんだっけ? こりゃあ文化祭が楽しみだね」

 未乃梨は二人のやり取りに、顔を不安で曇らせかけた。

「あ、あの!? 千鶴、何かあったんですか?」

「見れば分かるさ。ほら」

 未乃梨は、高森のスマホの画面を見て、言葉を失った。


(続く)



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