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♯34

瑞香のヴィオラと智花のチェロを交えた、初めての五重奏の合わせ。

千鶴にも、未乃梨ですらも初めて尽くしのアンサンブルの響きは……?

 放課後に入ってすぐ、凛々子(りりこ)は学校の来客用の出入り口に二人の弦楽器奏者を出迎えに立った。

 ヴィオラケースを肩から提げた、長袖の制服の黒いブレザーに黒いスカートの瑞香(みずか)と、チェロケースを担いだ、薄手のグレーのジャケットに足首ほどの丈のオリーブ色のワンピースの智花(ともか)は、凛々子の姿を見つけると手を振った。

「凛々子、今日はよろしく」

紫ヶ丘(ゆかりがおか)って久し振りだねえ。卒業以来だからもう一年ちょっと、か」

「二人とも、遠くからお疲れ様。そういえば、智花さんって紫ヶ丘の出身でしたね」

 来客用のスリッパに履き替えた瑞香は、制服が違うだけの自分と同年代の少年たちや少女たちとすれ違いながら、「さっすが、紫ヶ丘」とこぼした。

「ここって戦後に出来た共学校だし、なんか自由そうだよね。男女比もうちと違って偏ってないし」

 凛々子と瑞香に続く智花が、懐かしそうに廊下を見回した。

「瑞香の井泉野(いずみの)高校、元が旧制中学で男の子が多いんだよね。お陰で私は安心だけど」

「智花、女の子が多い高校だと心配、とか言ってたもんね? 井泉野に受かったって言った時の安心した顔、今でも覚えてるわよ。ところで」

 瑞香は智花に混ぜ返してから、凛々子に尋ねた。

「今日合わせるっていう吹部の子たち、仕上がりはどうなの?」

「フルートの方は経験者だし心配はなさそうね。コントラバスの子も初心者にしては上出来ってとこ」

 ふーん、と智花は凛々子に相槌を打った。

「例の背の高いって子ね。前の星の宮の練習で舞衣子(まいこ)先生がちょっと興味持ってたわね」

 凛々子は智花と瑞香に、「ま、期待してくれていいわよ」と振り向いた。

「今度の訪問演奏、施設の子供たちには喜んでもらえるんじゃないかな」

「へえ、大した自信じゃない。ま、私たちが楽しんで弾けないと、ね」

 智花は瑞香と凛々子の背中に、笑みの混ざった声を向けた。


 放課後に、それぞれの楽器を持った千鶴(ちづる)未乃梨(みのり)は二年一組の教室へと向かった。

 千鶴は、前を歩いている自分より顔ひとつは背の低い未乃梨の後ろ姿に声をかけた。

「そういえば、フルートパートの練習、抜けてきても大丈夫だった?」

「先輩たちにはOKもらったよ。学校外での演奏は勉強になるからどんどんやっちゃえ、だって」

「そうなんだ。吹奏楽部って結構自由なんだね」

「この学校が特殊なのかなあ。中学の時はひたすらパート練と合奏だったし」

 首を傾げる、いつものリボンをあしらったハーフアップの髪を後ろから眺めながら、千鶴は「あー、やっぱり?」と何か納得した風だった。

志之(しの)さん……結城(ゆうき)さんも似たようなこと言ってたね。ここの女バレ、オーバーワークは厳禁で筋トレとかストレッチもしっかりやるし、練習の一環でドッジボールやって遊んだりすることもあるって」

「運動部も緩いのね。……コンクールの練習、どうなるんだか」

 未乃梨は、ため息をつきながら二年一組の教室の引き戸を開けた。


 二年一組の教室には、凛々子のヴァイオリンより一回り大きい弦楽器を顎に挟んで音出しをしている、眼鏡に短い二つ結びの髪の黒い上下の制服を着た少女と、その二つばかり年上と思われる、千鶴のコントラバスより二回りほど小さい弦楽器を膝に挟んで楽譜を用意している、長めのウルフカットの髪にグレーの薄手のジャケットに丈の長いワンピースの女性が凛々子と何やら話し込んでいた。

 凛々子は、教室の戸口にそれぞれの楽器を持って現れた千鶴と未乃梨を見て、「あら、いらっしゃい。入って」と中に招き入れた。

 千鶴と未乃梨に、凛々子は弦楽器の二人を手短に紹介した。

「ヴィオラが井泉野高校三年の今井(いまい)瑞香さん。チェロが城澤(しろさわ)大学の教育学部二年の浅井(あさい)智花さん。二人とも、私がコンミスをやってる星の宮ユースオーケストラの団員よ」

「紫ヶ丘一年でフルートの小阪(こさか)未乃梨です。宜しくお願いします」

「同じく、一年でコントラバスを春から始めた、江崎(えざき)千鶴です。宜しくお願いします」

「宜しくね。じゃ、チューニングしたら始めようか」

「はい」

「あ、はい」

 智花に促されて、千鶴と未乃梨はいそいそと準備を始めた。


 最初に五人で合わせたのは、パッヘルベルの「カノン」だった。

 智花は、まず最初に千鶴ひとりにあの二小節のパターンを繰り返し弾かせた。

「今、千鶴さんが弾いてるコントラバスに、私がこういうのを重ねます」

 智花は拍の頭だけを千鶴のパートに合わせた分散和音をチェロで弾いてみせた。

 千鶴のコントラバスの歩みに、智花のチェロの分散和音が重なって、退屈に思えた二小節の繰り返しが急に彩りを帯びた。

(あれ? この二小節の伴奏、こんな風に、面白いことになるの?)

 目を丸くしかけた千鶴に、智花は補足した。

「驚いた? この曲の低音パート、本当は鍵盤楽器の右手とかで和音を足すんだけど、今回は弦とフルートだけなので私のチェロがその代わりね。じゃ、始めましょう」

 智花がチェロの弓を構えるのを見て、千鶴と瑞香と凛々子もそれぞれの弓を構えた。未乃梨も、やや面食らいつつフルートを構えた。

(私以外に管楽器がいない……合図は誰かの弓を見てなきゃいけないの……?)

 不慣れな二人を含んだ五重奏の、「カノン」が始まった。


(続く)


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