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♯331

進んでいく女子バレー部との合同の男装喫茶の企画に呆気取られる千鶴。一方で、凛々子からはとある学校外のことで話があって……。

 文化祭で女子バレー部と吹奏楽部の合同で開催する男装喫茶の企画は、意外にあっさりと進んだ。

 高森(たかもり)によると、吹奏楽部の顧問の子安(こやす)は、男装喫茶の件を聞いてこう話したらしい。

「ふむ、お客様にお茶と一緒に演奏も楽しんで頂く、と。それは、なかなか面白そうな企画ですね? やりましょう」

 子安があっさり承諾して、店内で演奏するチームの人選も決まった。吹部でジャズやポップスに興味があるメンバーが何人かに加えて、千鶴(ちづる)未乃梨(みのり)も高森と桃花高校からゲストで参加する織田(おりた)に推挙されて演奏に加わることとなった。


 女子バレー部や織田との顔合わせの翌日の放課後、千鶴は漠然とした奇妙な不安を抱えたまま空き教室でコントラバスを用意した。

(まさか接客以外に、ちょっとだけとはいえ演奏もする羽目になるなんて……)

 コントラバスを教室の椅子に立て掛けると、千鶴は高森から送られてきた画像をスマホで開く。昨年の女子バレー部の男装喫茶の画像で、高森からはメッセージで「今年は写っている黒いジャケットかベストに長袖のシャツと蝶ネクタイやボウタイで接客に出てもらうことになった」、と女子バレー部からの伝言が書かれていた。

(接客なんてやったことないし、やる曲もジャズなんてどうすりゃいいのか分かんないし……はあぁ)

 千鶴はスマホを空き教室の机に置くと、スマホの画面を見ないようにしてコントラバスで音階の練習を始める。

 発表会の前から凛々子(りりこ)に出されていたその音階の課題に、千鶴は発表会の練習で吉浦(よしうら)から教わったことを盛り込んで弾いてみた。

(速いテンポでは弓の幅を使いすぎないように、弓を自分の方に少し傾け気味にして弓の毛が全部弦に着かないように――)

 千鶴が手にした弓が、コントラバスの太くて頑丈な弦の上で今までより軽快に動き始める。明瞭になった発音は、音程の修正もやりやすくなりそうだ。

(……いつもより右手の弓を持った感じが軽い? この弾き方なら、凛々子さんとか真琴(まこと)さんのヴァイオリンみたいに弾けちゃう?)

 千鶴の弾くハ長調の音階のテンポが更に上がる。右手から不要な力が抜けて、左手のポジション移動もスムーズになっていく。

 その千鶴の何往復めかの音階練習を、よく知っているアルトの声が中断させた。

「ご機嫌よう、千鶴さん。スケールの課題、しっかり仕上げてきたみたいね。ところで、ちょっと不用心ではないかしら?」

 振り向いた千鶴は、凛々子が手にしている自分のスマホを見て、あっと声を上げた。

「すみません。放ったらかしにしてて」

「気を付けなさいね。私だから良かったけれど、知らない誰かにメッセージの中身とか、見られたら大変よ?」

「……もしかして、見ちゃいました?」

「ええ。千鶴さん、そういうメンズのジャケットも良さそうだけれど、ベストも似合いそうね?」

 凛々子は、メッセージの画像を開きっぱなしにした千鶴のスマホが目に入ったらしかった。千鶴は赤面して凛々子からスマホを受け取ると、スカートのポケットに仕舞う。

「……私、高校に入ってから色んな服を着る羽目になってるみたいで」

「文化祭、楽しみね。楽しみといえば、その文化祭の次のことなのだけれど」

 凛々子は、肩に提げたヴァイオリンケースとスクールバッグを下ろすと、ヴァイオリンケースからクリアファイルを取り出して、千鶴に渡す。

 ファイルの中には、何やら細かく書かれた書類が入っていた。

「星の宮ユースオーケストラ団員募集……そういえば、オーディションがあるって」

「ええ。内容はそこに書いてある通りよ」

「簡単なソロ曲を一曲と……えええ?」

 千鶴は、オーディションの要項に目を通すと支えていたコントラバスを倒しそうになるほど驚いた。慌ててコントラバスを教室の床に寝かせてから、千鶴は改めてそのオーディションの要項を見直す。

「……今季の演奏会で取り上げる以下の曲から、当日指定する箇所……曲は、マイスタージンガー……当日に指定、ですか!?」

 声を上げる千鶴に、凛々子はまるで特別ではないことのように返す。

「ええ。正確にはその場で、かしら。これには理由があるの」

 凛々子は、千鶴のすぐそばの空き教室の机に腰掛けた。揺れる凛々子の長い黒髪に、千鶴は思わず視線を向ける。

「オーディションで問われるのは、指定された曲を全部通して練習して、その曲がどんな音楽かを自分なりに見つけてこれるか。それと、その曲のフレーズを自分なりにどう捉えて表現するか、よ。それが少しでも感じられたら、合格ね」

 千鶴は、先程の文化祭の件とはまた別種の、向こう側に何か明るいものがある不安を感じながら、凛々子にこぼした。

「……私、大丈夫でしょうか?」

「それは、今まで千鶴さんの練習を見てきたこの私が保証するわ。あなた未熟かもしれないけど、この前の発表会ではもう立派なコントラバス奏者だったわよ」

「……では、挑戦させてください」

 千鶴はどこかでうろたえながら、自分をじっと見上げてくる凛々子の瞳を吸い込まれるように見返した。


(続く)



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