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♯330

音楽室にやってきた女子バレー部の流山と吹部との顔合わせ。話を進めるうちに、高森は千鶴の想像を超えた提案を持ち出して……?

 音楽室を訪れた千鶴(ちづる)未乃梨(みのり)を、高森(たかもり)が出迎えた。

「女バレの流山(ながれやま)さん、来てるよ。あと、瑠衣(るい)もね」

「え? 瑠衣さんも?」

「元々、今日来る予定だったからね。じゃ、早速始めますか」

 未乃梨が千鶴の後ろから覗き込んだ音楽室には、朝に千鶴たちと顔を合わせた流山に加えて、桃花(とうか)高校の織田(おりた)瑠衣もやって来ていた。周りと違うセーラーブラウスの制服姿の織田はいつものギターケースを音楽室の机に置くと、千鶴と未乃梨に手を上げて会釈をする。

「こないだの発表会、お疲れ様。メッセで画像見たけど、千鶴ちゃんロングスカート似合ってたね?」

「あ、どうも。未乃梨の伴奏のお陰で、上手くいきました」

 流山が千鶴に、意外そうな顔を向ける。

「発表会? そういうのもやるんだ?」

 高森が流山に椅子を勧めながら、千鶴と未乃梨を見た。

「私とかこの子らとか、うちの部は学校外での活動もどんどんやってく方針なんでね。まあ、みんな座ってよ」

 織田のギターケースが置かれた机の近くに一同が座を占めると、流山が持参したタブレット端末を差し出した。

「文化祭で、私ら女子バレー部がやる男装喫茶の概要がこんな感じ。今年は全校から身長があって男装が似合いそうな女子を募って、キャストとして出てもらえないか、って色々声を掛けて回ってる、って訳」

 流山の差し出したタブレットには、キャストが着用する衣装や昨年の女子バレー部が開催した男装喫茶の概要が表示されている。

 千鶴は、タブレットを見て思わず「あれ?」と目を見開いた。

「これ、教室ですよね? 何か、本当に良い感じのお店みたい? キャストさんたちの服も何か凄いし?」

 未乃梨や高森や織田も、タブレットに表示されている画像に感心したように頷いた。

 会場と思われる教室はカーテンを真っ白なレース地の上品なものに付け替えており、壁や窓もドレープのある布で覆って教室の雰囲気を消している。

 シンプルながら品のいいティーセットの出されているテーブルは教室の机に丸い天板を置いてクロスを掛けてあるらしく、急ごしらえにしては良く出来ていると言っていいものだった。

 テーブルの間を行き交うキャストも、黒やグレーのジャケットやベストに色を合わせたパンツというシックな装いで、ワックスで撫でつけたり後ろで結んだりしている男性にしては長い髪を除けば、女子とは思えないほどの凛々しさを身に着けている。

 流山は千鶴と高森に説明を続ける。

「部屋の設営と当日の運営はうちの部員とOGがやるから、その辺は任せて。江崎(えざき)さんには接客だけをやってもらうんだけど、そっちのサポートも全部うちで」

「ふーん。結構本格的なんだね?」

 高森はタブレットを流山に返すと、腕組みをした。

「で、場所とかは決まってるの?」

「それが、今年は視聴覚室とかの広い教室を先に押さえられてしまっててね。あとは空いているのが各学年の教室ぐらいなんだが――」

 高森は腕組みをしたまま、自分より座高の高い流山の顔を見上げる。

「場所なら、ひとつ空いているけど。この音楽室とかどう? 昇降口から遠いけれど」

 高森の言葉に、織田が片方の眉を動かした。

「ちょっと(れい)? 音楽室って紫ヶ丘(ここ)の吹部のセッションの会場にする、って話じゃなかった? あたしはそれの打ち合わせで来たんだけど」

「それだよ。今年の女バレの男装喫茶、吹部の生演奏付きでどう?」

 あまりに突拍子もない高森の提案に、千鶴と未乃梨は目を丸くした。

「あの? 私、キャストだけじゃなくてコントラバスも弾かなきゃいけないんですか?」

「そうですよ? 吹部は桃花の子とライブみたいなことをやるって言ってたんじゃ」

 抗議する未乃梨に、織田が手を上げる。

「そういうことなら、上品にお茶を出すような雰囲気で演奏するのもありかな、とは思うかな。音楽室にはピアノもあるしさ」

 織田の言葉に、流山は「ふんふん」と相槌を打った。

「吹部の生演奏付きでしかも他校ゲスト……なるほど。どういう曲をやるの?」

「聴いてもらった方が早いかな。玲、サックス出せる?」

「オッケー。いっちょ、やりますか」

 織田が近くの机の上に置いたケースを開けて、アコースティックギターを取り出した。高森も、自分のアルトサックスを出してネックストラップを着けて構えると、軽く音出しを済ませる。

「高森先輩に瑠衣さん、いきなり曲って……」

 呆気に取られる千鶴に、織田は事も無げにギターでコードを鳴らす。

「サックスとギターがあれば、まあ何かしらは出来るよ。特に、ジャズならね」

 織田がギターで鳴らす、やや速めの三拍子の小気味のいいリズムが数小節ほど続いてから、高森のアルトサックスがその上に乗った。

「ええ?」

 千鶴は思わず声を小さく出していきなり演奏を始めた二人を見た。未乃梨も思わず開いた口に手をやった。流山も、音楽室の椅子に座ったまま身を乗り出しそうになる。

 三拍子のミュージカルで誰かが歌い出しそうな思わせぶりな旋律が、高森のアルトサックスから紡がれ始める。

 その伴奏に入る織田のギターが、高森のサックスのフレーズを要所にアクセントを掛けて盛り上げていく。

 高森のサックスのメロディが一区切り着いた辺りで、二人は演奏を止めた。流山が、あごにタコの出来ている手を当てる。

「へえ、お洒落だね。何て曲?」

「マイ・フェイヴァリット・シングスっていう、元はミュージカルの曲だよ。どうかな?」

 ギターを抱えた織田が、流山に向かってにっと笑って見せた。流山も、感服した様子で運動部らしいすらりとした脚を組み直す。

「……良いね。ちょっと、女バレと吹部の合同で企画を進めるって方向で、やってみようか」

 千鶴は、未乃梨と顔を見合わせた。

「……ねえ、未乃梨。何か、大ごとになってない?」

「……吹部(うち)と女バレの合同で男装喫茶って……そんな、ねえ?」

 話を進める上級生たちを、二人は遠いところにあるものを見る目で見つめるしか、できなかった。


(続く)



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