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♯33

未乃梨の中に積もる何か割り切れない凛々子への思いと、千鶴の整理のつかない気持ち。それは、初めて二人で合わせた「カノン」で浮き上がって……?

 千鶴(ちづる)は、未乃梨(みのり)がフルートで吹く「カノン」の旋律に付き従ってコントラバスを弾きながら、奇妙な違和感を二つほど覚えていた。

 そのうち一つは、未乃梨の吹いている、千鶴にも聴き覚えのある「カノン」の旋律に、部品が足りないまま組み立てたプラモデルのような、何か欠けたものがあるように思えたこと、もう一つは、未乃梨の表情に、「G線上のアリア」を合わせた時と少し似た、陰のようなものがいっとき浮かんで見えたことだった。

(この曲、全員で合わせないと形にならないのかな? あと、今日の未乃梨、浮かない顔してたみたいだけど、どうしたんだろ?)

「カノン」の二人だけでの合わせは、コントラバスを弾き始めて間もない千鶴にも、初めてにしては上手くいっているように思えた。

 未乃梨の表情に影が差したのは、千鶴が未乃梨を邪魔しない弾き方を試そうとして、弓を持つ右手から力を抜いた時だった。「G線上のアリア」でピッツィカートを軽くて音の粒が立った弾き方に変えた時と、良く似た表情が、千鶴には一瞬だけ未乃梨の顔に浮かんだような気がした。

(あの時と同じなら、未乃梨は多分変には思わないはず、だよね)

 そう信じた千鶴は、未乃梨の吹く「カノン」の旋律を最後まで支えて弾き切った。


 一限目の授業の開始が迫る時間になって、千鶴がコントラバスを片付け終わると、先にフルートを仕舞い終えた未乃梨が「じゃ、行こっか」と千鶴のブレザーの袖を引いた。

「うん。それじゃ――」

 そう言いかけながら音楽室を出ようとした千鶴の足が止まった。

 未乃梨が、千鶴の左腕に抱きつくように、自分の腕を絡めてきた。

「あの……未乃梨? どうしたの?」

「……別に、いいでしょ。いつも、してるんだから」

「……授業、遅れちゃうよ?」

「……ん、ごめん」

 未乃梨は腕をほどいた。それでも、その小さな手は、千鶴の左手を握ったままだった。

「もう。今日は、甘えたい気分なの?」

「……そうかも」

 未乃梨は教室に着くまで、千鶴の手を握ったままだった。未乃梨は少しうつむいたまま、千鶴の手を引いていた。


 午前の授業が終わって昼休みになっても、未乃梨の様子は少し妙だった。

 チャイムが鳴ると、千鶴は席についたままの未乃梨に声をかけた。未乃梨は、何か考え事をしているように見えなくもなかった。

「未乃梨、飲み物買いに行こっか?」

「え? あ、行く行く。行くわ」

 千鶴に呼ばれて、未乃梨は不意を突かれたように席を立った。

「どうしたの?」

「ううん、気にしないで」

 未乃梨は購買近くの自販機まで、朝と同じように千鶴の手を握っていた。

 千鶴と未乃梨がそろそろ混み始めた自販機で順番待ちをしている時に、千鶴の手を握る未乃梨の力がかすかに強まった。千鶴の視界の端に、緩くウェーブの掛かった長い黒髪の二年生が映った。

「あ、仙道(せんどう)先輩」

「お二人とも、こんにちは」

 挨拶を交わす千鶴と凛々子(りりこ)に少し遅れて、未乃梨も慌てるように千鶴の左手を放すと、「あ、仙道先輩。こんにちは」と会釈をした。

「まあ。今日も仲良しさんね」

 凛々子は、未乃梨の様子に微笑んだ。

「丁度いいわ、放課後だけど、二年一組の教室で集まってね。うちのオケのヴィオラとチェロの二人にもそこに来てもらうから。あと」

「は、はい」

 凛々子に毒気のない表情を向けられて、未乃梨は声が上擦った。

小阪(こさか)さん、あなたのフルート、前とっても良かったわよ。今日来る二人も、楽しみにしてるってメッセージで言ってたわ」

「……あ、ありがとうございます」

「今回、管楽器はあなただけで色々やりづらいかもしれないけど、練習だし気楽にしてて大丈夫よ。それじゃ、また放課後に」

 凛々子は千鶴と未乃梨に手を小さく上げると、長い黒髪を小さく揺らして去っていった。

 教室に戻って、弁当を食べ終えてから、千鶴は弁当箱を仕舞う未乃梨にそれとなく尋ねた。

「ねえ未乃梨、さっきのことだけど」

「あ、あのね。べ、別に、仙道先輩が苦手とかそういうのじゃなくて、先輩の前だとなんか緊張しちゃうっていうか」

 何かを取り繕うように早口になった未乃梨に、一緒に弁当を食べていた結城(ゆうき)が「おいおい」と呆れた。

「仙道先輩と千鶴っちは何でもないんだろ? 堂々としてりゃいいじゃん」

「もう、結城さんいつの間に千鶴のこと名前で呼んでんのよ」

「別にいいだろ。何なら私のことも志之(しの)って呼んでいいぞ」

 今度はむくれ出した未乃梨を煽る結城志乃に、千鶴は困り笑いをした。

「まあまあ。仙道先輩も、未乃梨のフルートを褒めてたし、固くなることはないんじゃないかな」

「それは、そうだけど。とにかく、別に私は仙道先輩が苦手とか嫌いとか、そんなんじゃないから」

「へえ、じゃ、千鶴っちを仙道先輩に取られない自信はあるんだ?」

「もう、すぐそういう方向に持ってかないで。……そりゃ、千鶴が誰かに取られたら、って思ったら、ちょっと色々思っちゃうけど」

「あーあ、乙女だねえ」と、結城志之は呆れた。

「千鶴っち、もう小阪さんと付き合ったら? 色々面倒くさそうだけどさ」

「そ、それは……」

 今度は千鶴が取り繕う番だった。

(私、未乃梨のこと……待って、意識してるの、未乃梨だけ、かな?)

 むくれ顔の未乃梨と呆れ顔の志之を前に、千鶴は再び困り笑いをした。


(続く)

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