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♯328

朝の音楽室にやってきたバレー部の上級生の目的は、文化祭の男装喫茶のキャストに千鶴を勧誘することだった。

一波乱が降りかかりそうな千鶴は……?

 千鶴(ちづる)の肩に手を回すバレー部のショートテイルの髪の二年生に、未乃梨(みのり)は昂然と眉を上げた。

「あの! 先輩たち、千鶴から手を離して下さい! 一体、何なんですか!?」

 ショートテイルの二年生は、肩をすくめて千鶴の肩から手を離す。

「ごめんごめん。ところで江崎さんだっけ、良い身体してるね? ちょっと鍛えたらうちでレギュラー張れそうじゃない?」

 千鶴が、ショートテイルの二年生から離れると、笑いの消えた困り顔で打ち消す。

「その、運動部の助っ人とかは中学時代にやってましたけど、……今は吹部とか、学校の外とかでやりたいことがありますんで」

 断ろうとする千鶴の顔を、ベリーショートの髪の二年生がわざと腰を屈めて下から覗き込む。

「まあ、そう言いなさんな。江崎さん、文化祭の間だけ君の力を借りたいんだよ」 

「あの、何のことでしょうか……?」

 迫るように近付くベリーショートの二年生に、千鶴は冷や汗をかきながら後ずさりをする。

「あの、先輩たち、いい加減に――」

 バレー部の上級生から逃げ出すことも出来ず、助けを求めるように周りを見回す千鶴と、割って入ろうとする未乃梨の緊張は、よく知った声であっさりと解かれた。

「おはよう。お、江崎さんと小阪(こさか)さん、早いね……ん?」

 サックスのケースとスクールバッグを担いだ高森(たかもり)が音楽室のドアをくぐって、部外者の三人を見回す。

「あれ? 流山(ながれやま)さんじゃん。うちの後輩になんか用?」

 音楽室の机にケースとバッグを置きながら、高森は自分より頭ひとつは背の高い、ベリーショートの少女に怖じもせずに近づいた。

 千鶴が安心したように、未乃梨の手を引いて高森の後ろに回る。

「高森先輩、知り合いなんですか?」

「うん。一年の時に同じクラスだったよ。バレー部の文化祭、今年もアレやるんだっけ?」

 高森に問われて、流山というらしい少女はベリーショートの髪をわざとらしく掻き上げた。

「その通り。今年はキャストを全校から募ろうか、って話になってね。メインは私ら三人で回して、他は全校からイケメン女子を集めよう、ってことになったのだよ」

「……イケメン女子?」

 流山の言葉に、未乃梨は眉をひそめる。

「何考えてるんですか。文化祭で何かいかがわしいことでも――」

「ああ、そういうやつじゃないから安心してよ。わがバレー部は文化祭に毎年恒例で男装喫茶をやってるんだけど、そういう訳で江崎さんをキャストに是非とも招きたいんだ」

 流山の言葉に、未乃梨は唖然となって困り顔の千鶴と顔を見合わせた。

 一方で、高森はまるで眉ひとつ動かさずに流山を見据える。

「で? まさかタダでうちの部員を借り出そうって訳じゃあないよねえ?」

 高森に、今度は日焼けしたボブの二年生が頷く。

「勿論さ。キャストの衣装はバレー部で用意するし、他にも色々便宜は図らせて貰うよ」

「他には?」

「そいつの相談はまた放課後になるけど、良い条件は出させてもらうよ。場所は音楽室(ここ)で良いかな?」

 ショートテイルの二年生に尋ねられて、高森は腕を組んで少しの間考え込む様子を見せると、「ふむ」と短く声を発した。

「話だけなら、放課後に聞くだけ聞こうか。その上で江崎さんに決めさせる形になるけど?」

「構わないよ。それじゃ放課後に。神野(じんの)巴衛(ともえ)、行くよ」

 流山は、他の二人を促すと音楽室を出て行った。日焼けしたボブの上級生が、音楽室を出る間際に振り向いて、千鶴や未乃梨に手を振ってから去っていく。

「……もう、何だったんだろう」

 千鶴はバレー部の三人を見送りながら、スマホの時計に目を落とす。朝練の時間はほとんど残っていなかった。

「千鶴、今日は片付けて教室行こっか。全く、結城(ゆうき)さんったら部活の先輩たちに何を話してるんだか」

 ケースを開けもしなかったコントラバスを音楽室の倉庫に片付けてから、未乃梨に手を引かれて音楽室を出て行く千鶴の背中を見ながら、高森はもう一度腕組みをした。

「江崎さんがバレー部の男装喫茶……ふーむ」

 ホームルームが始まる前の予鈴を耳にして、高森も楽器ケースとバッグを担ぐと音楽室を出る。自分の教室まで歩きながら、高森は考えを巡らせた。


「千鶴っちにみのりん、ほんっとにごめん。悪気はなかったんだってば」

 一限目の授業の後の休み時間に、教室で結城志之(しの)は千鶴と未乃梨に手を合わせて頭を下げた。

「もう、大変だったんだからね? バレー部の先輩たち、結城さんから千鶴のことを聞いたって言うし、千鶴はその流山って先輩に迫られちゃうし」

「未乃梨、志之も謝ってるし、そのくらいで、ね?」

 なだめようとする千鶴に、未乃梨は「もう」とため息をつく。

「大体何なのよ。バレー部の男装喫茶って?」

 目尻を釣り上げる未乃梨に、志之が平謝りをする。

「無理なら断ってくれていいし、流山先輩も話せば分かってくれると思うんだけど」

「志之もそう気にしないで。私なんかにそういう接客とか、向いてないからさ」

 志之を気遣う千鶴の背後から、黄色い声が投げかけられた。

「なになに? 文化祭の女バレのやつ?」

「男装喫茶だよね? 江崎さん、誘われたの!?」

「マジ!? 私絶対に行く! 指名もしちゃう!」

「あの、ちょっと!? えええ?」

「……もう。どうするのよ」

 騒ぎ出したクラスの女子たちに、千鶴は未乃梨に呆れられながら顔を青ざめさせた。


(続く)


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