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♯316

発表会の衣装に着替えた千鶴と未乃梨に少なからず驚嘆する智花と波多野と凛々子。

未乃梨の衣装に、凛々子は何か思うところがあるようで……。

 更衣ブースから出てきた千鶴(ちづる)未乃梨(みのり)を、波多野(はたの)は「わぁ!」と声を上げて注目し、智花(ともか)は「へえ?」と納得したような顔をして、凛々子(りりこ)は「あら」と小さく驚くような素振りを見せた。

 千鶴の本番の衣装は、凛々子が以前スマホのメッセージで見て知っている白いフレンチスリーブのブラウスに黒のマキシ丈のフレアスカートで、足元の黒いストラップシューズと合わせて並の男の子よりずっと背の高い千鶴によく似合っている。

 その衣装は、以前に凛々子がスマホの画像で見た千鶴の自撮りより、髪が肩までそろそろ届きそうなほど伸びているせいか、今の千鶴を大人びて見せている。

 その隣に立っている未乃梨の本番の衣装にも、凛々子は視線を引かれた。

(可愛らしいこと。……私では、未乃梨さんのそのスタイルは、似合わないわね)

 未乃梨は七分袖のピンクのブラウスに、マキシ丈よりは短い足元だけが見える黒のレイヤードスカートを合わせている。大きなコントラバスを構えた長身の千鶴の伴奏をするには、ちょうどいい目立ち方になりそうな雰囲気があった。

 智花は、二人を見て嘆息する。

「千鶴ちゃんも未乃梨ちゃんも、可愛いスカート見つけてきたねえ。私もパンツじゃなくてスカートにすりゃ良かったかなあ」

「パンツはパンツで演奏しやすいですけどね。にしても、小阪(こさか)さんのピンクのブラウス、江崎(えざき)さんの白と並ぶと可愛いなあ」

 しげしげと見る波多野に、千鶴はもじもじと両手を身体の前で重ねた。

「この衣装、変じゃないですよね? 発表会とか出たことないし、とりあえずフォーマルっぽい服なら、と思って」

「全然アリよ。私、スカートの色は合わせて、ブラウスはピンクで千鶴の伴奏をしたら映える、って思ったもん」

 得意げに未乃梨が千鶴の隣で胸を張る。その様子も、凛々子には可愛らしく見えて、笑みをこぼしそうになる。

「まあ。二人とも、しっかりね。千鶴さんは初めての発表会、楽しんでね」

 凛々子の言葉に、千鶴はしゃんと背筋を正した。

「はい。それじゃ、行ってきます」

「千鶴、行きましょ。舞台袖で弦バスのチューニング、しときたいでしょ」

 千鶴は凛々子に小さく一礼すると、未乃梨に先導されるように楽屋を出て行った。

「それじゃ、私たちも準備始めますか」

「そうだね。……あれ?」

 更衣ブースに着替えに入る波多野の背中を見送った智花が、凛々子に振り向く。その凛々子は、衣装ケースから黒いワンピースを出しながら、小さく溜め息をついていた。

「どうしたの? 珍しいね、本番前にネガティブになるなんて」

 凛々子は黒いワンピースを身体の前に当てた自分の姿を映しながら、智花に微笑を見せる。

「何でもないわよ。ただ、未乃梨さんの本番の衣装があんまり可愛らしかったものだから、ちょっと溜め息出ちゃっただけ」

「もしかして、未乃梨ちゃんに嫉妬しちゃったりしてるの?」

 智花が、腕組みしながら凛々子に尋ねた。その声の響きには、何かを面白がるような要素は含まれていない。

「ええ。あんな可愛らしいブラウスとスカートのコーデ、私には出来ないわ。だから」

 凛々子は、身体に黒いワンピースを当てたまま、もう一度鏡の中の自分に視線を戻す。

「私が一番綺麗に見える姿を、見てもらうのよ」

 凛々子はワンピースを手にしたまま、白い長袖のブラウスに黒い緩めのスラックスに着替えた波多野と入れ違いに更衣ブースに入っていった。

 波多野が、智花に小首を傾げながら尋ねる。

「凛々子さん、何かあったの?」

「何かって……様子、変だった?」

「うーん……機嫌は良さそうだったかな」

 波多野の返答に、智花は危うく眉をひそめかけた。

「……うちのコンミス殿、今の状況を楽しんでそうだねえ」

「楽しむ? ああ、凛々子さんが今日ソロでやるブラームスとか、合奏の二曲とか?」

「……まあ、そんなとこ」

 波多野が勘違いをしてくれたことに、智花は内心でほっと安心をする。

「さて、私もそろそろ着替えようかな。と言っても上を白ブラウスに着替えるだけだけど」

「その黒のカプリパンツ、着回し利くから便利ですよね。じゃ、私はそろそろ舞台袖に行ってきます」

 着替えた波多野が舞台袖へと出ていくのを見送ると、智花は楽屋椅子からゆっくりと立ち上がった。


 千鶴は、舞台袖で不思議な感覚に戸惑っていた。

(何だろう。……初めてのことばっかりなのに、全然、怖くない)

 身に着けている普段着とは違うフレンチスリーブの白いブラウスや足元まで隠れそうな黒いフレアスカートはともかく、手にしているコントラバスは智花が借り出してきてくれた普段学校で弾いているのとは別の楽器だ。

 そして、今立っている舞台袖が吹奏楽部のコンクールの地区大会で未乃梨を見送った場所ではあっても、これからその未乃梨たちコンクールに出演した部員が立ったのと同じ舞台に、自分が立つのだった。

 後から舞台袖に来た波多野が、千鶴に小声で話しかけてくる。

「江崎さん、調子はどう?」

「大丈夫です。あ、音叉貸してくれてありがとうございました」

 頭を下げる千鶴の様子にも、怯んだ様子はなかった。

 会場に休憩時間の終わりを告げるアナウンスが流れて、舞台袖の空気が一気に引き締まっていく。

 ピアノ伴奏の楽譜を手にした未乃梨が、千鶴の手を取った。

「それじゃ千鶴、そろそろ」

「うん。行こうか」

 コントラバスを抱えると、千鶴は未乃梨と一緒にゆっくりと舞台へと進み出ていった。


(続く)

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