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♯305

千鶴が高校に入って吹奏楽部でコントラバスを初めて以来、色々な変化を迎えていることを受け入れきれない未乃梨に、とある人物からのメッセージが。一方、凛々子は発表会の後のことを見据えていて……。

 真っ赤になった目を何とかしようとして、未乃梨(みのり)は手洗いの洗面所で蛇口をもう一度ひねろうとした。その時、未乃梨のプリーツスカートのポケットが震えて、中に仕舞ったスマホが何かを知らせてくる。

「何よ、こんな時に……え? 瑠衣(るい)さん?」

 未乃梨はスマホの画面をもう一度見直した。メッセージの着信があったらしく、そこには織田(おりた)の名前が表示されている。


 ――未乃梨ちゃん、お疲れ様。また(れい)から話があると思うけど、今年の紫ヶ丘(ゆかりがおか)の文化祭、吹奏楽部の演奏に桃花(とうか)から何人か遊びに行かせてもらうことになりました。また、打ち合わせで放課後に紫ヶ丘にお邪魔すると思うけど、その時はよろしくね。それじゃ


 瑠衣からのメッセージに、未乃梨は小さく溜め息をついた。

(びっくりした。瑠衣さんたら、文化祭のことでわざわざメッセージだなんて。……発表会の次は文化祭で、そっちは高森先輩が中心ってことは……多分、やるのはジャズとかポップス寄りの曲だよね)

 未乃梨は、手洗いの洗面所でスマホの画面を眺めながら、立ち尽くした。もう一通、織田からのメッセージが届いている。


 ――学校の敷地内でストリートっぽくやるってことで、桃花のみんなは楽しみにしてます。また、紫ヶ丘にもちょくちょく顔出すから、またセッションやろうね


 メッセージには、桃花高校のどこかの教室でギターを弾いている制服姿の織田の画像が添付されている。

 織田の周りに見切れているキーボードやドラムスといった楽器やセーラーカラーのブラウスの制服の生徒に混じって、サックスを吹いている生徒が映っていることに未乃梨は気付いた。

(バンド楽器の中でサックスって、高森先輩とかしょっちゅうこういうことやってるんだろうな……あれ?)

 未乃梨はサックスを吹いている生徒の側にある教室の机に目をやった。そこには、その生徒が持ち替えで吹くのか、フルートが寝かせて置かれている。

(こういうバンドでフルート、か……あり、なのかな。……でも、発表会の後は、特に何かすることがあるわけでもないし)

 未乃梨は、織田から送られてきたメッセージと画像を見ながら、しばらく立ち尽くした。



 コントラバスを手に上手側の舞台袖に引っ込んでいく千鶴と波多野を見送ると、凛々子は安心したようにふっと息をついた。それを見て、吉浦(よしうら)が半ば呆れたように口角を上げる。

仙道(せんどう)さん、あのバスの子に随分な入れ込みようね?」

「あら、吉浦先生、お分かりですか?」

 凛々子はどこまでも悪びれずに応える。

「千鶴さんとは四月に高校でたまたま出会って、放課後に練習を見てあげたり小さい本番に一緒に出たりしましたけど、初めての弦楽合奏でここまでついてこれるとは私も思いませんでした」

 吉浦は「ふむ」と頷くと、真面目な顔をした。

「ところで。仙道さん、その様子だと江崎さんを星の宮に誘うつもりかしら?」

「ええ。発表会の後で、話すつもりです」

「コントラバスは確かに不足してはいるけど、オーディションもなしに入れる訳にはいかないわよ? 分かっていると思うけれど」

 凛々子は、表情に自信を滲ませたまま、吉浦に応える。

「吉浦先生、今日の千鶴さんの演奏を聴いても、オーディションが心配ですか?」

「……まあ。あなた、発表会を江崎さんのオーディションのリハーサルにする気?」

 思わず吹き出す吉浦に、凛々子も笑顔で続ける。

「ソロで未熟なりにあれだけ歌えて、初めてのバロックとロマン派のアンサンブルであれだけのことができれば、オーディションの準備はできたも同然ではありませんかしら?」

「見事な減らず口ですこと。あなた、そういうところは本当に小さい頃から変わらないのね」

 凛々子に溜め息をついてみせる吉浦の表情から、苦いものが消えていた。


 チャイコフスキーの「ワルツ」の練習は、最初につまづきがあったこと以外は問題なく終了した。それどころか、少なからず収穫はあった。

 千鶴(ちづる)はコントラバスを舞台袖の床に寝かせて弓を緩めると、客席側の隣で弾いていた波多野(はたの)に頭を下げる。

「お疲れ様でした。本番でもよろしくお願いします」

江崎(えざき)さんも、お疲れ様。初めての弦楽合奏、楽しんでくれた?」

「はい。といっても、吹奏楽部の本番もまだ一回しかやってなくて」

 波多野は「へえ? そうなの?」と不思議そうな顔をした。

「そういえば、江崎さんがコントラバス始めたの、今年の四月って言ってたっけ」

「そうなんです。初めて人前でコントラバスを弾いたのも、凛々子さんとか未乃梨とか、智花さんとかと弦楽器とフルートが混ざった小さいグループだったし」

「じゃ、大きい合奏は本当に一回だけしかやってないんだ? それで今日あれだけできたなんて、やっぱり凄いよ」

「え! ……ありがとうございます」

 裏表のなさそうな波多野の褒め言葉に、千鶴は並の男子より高い長身を縮こまらせそうになった。

 その千鶴のスマホが着信を知らせた。

「誰だろ? ……あれ? 未乃梨?」

 千鶴のスマホには、急いで打ったような未乃梨からのメッセージが表示されていた。


 ――千鶴ごめん。用事があるので先に帰ります。それじゃまた、学校の部活で


(続く)


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