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♯289

帰宅してから、発表会の練習に備えて楽譜を見直す千鶴。ついでにスマホの動画サイトで曲を聴き直そうと、千鶴はチャイコフスキーの「ワルツ」を検索したはずが……?

 千鶴(ちづる)が帰宅してから、スマホに凛々子(りりこ)から連絡があった。


 ――セシリアホールでの練習だけど、今週の日曜日の午後に行います。コントラバスは星の宮ユースの楽器を借り出しておくから、千鶴さんは部活で使ってる弓を準備してきてね


 千鶴は夕飯の後で凛々子のメッセージに返信をした。


 ――あさがお園の本番みたいな感じですね。待ち合わせはどうしましょう?

 ――星月夜(ほしづくよ)祭りの時の、ディアナホールの最寄り駅にしましょう。未乃梨(みのり)さんにも知らせておくから、改札の内側で待ってて。それでは、日曜日に


 凛々子とのやり取りが終わると、千鶴は発表会で自分が弾く曲の楽譜を改めて見直した。

「『オンブラ・マイ・フ』に、ヴィヴァルディの『調和の霊感』に、チャイコフスキーの『ワルツ』に……」

 千鶴がソロで弾く「オンブラ・マイ・フ」はともかく、長く休みがある「調和の霊感」やただのリズム打ちの伴奏ではなさそうなチャイコフスキーの「ワルツ」は、合奏練習がどう進むか、千鶴には想像もつかない。

(そういえば、発表会に出るヴァイオリンとかチェロの人たちも合奏に参加するんだっけ。……弦楽器だけの大勢の合奏、かぁ)

 そのことも、千鶴にとってはあまりに未知数だった。

「もう一回、今度やる曲を聴いておこうかな。ええっと、チャイコフスキーの、ワルツ、っと」

 千鶴はスマホにイヤフォンを繋ぐと、動画サイトを開いて目当ての曲を検索し始めた。見慣れないアルファベットの並びで「チャイコフスキー」と読めそうな単語が入った動画のタイトルを見つけると、千鶴はその動画のサムネイルをタップする。

 その動画の再生が始まって、千鶴は思わず声に出してしまった。

「何だこれ? 今度やる『ワルツ』じゃないぞ!?」

 その動画の曲は、一斉に降りてくる大勢の弦楽器の賑やかなピッツィカートから始まった。

 シンバルを含んだ華やかな和音で区切りを付けたその前奏のあとで、その「ワルツ」は低音楽器の頭打ちの伴奏に乗って、楽しげに流れ始める。

 千鶴は、その全く聴いたこともない「ワルツ」の再生を、何故か止めることができなかった。

 最初に緩やかに歌う弦楽器がヴァイオリンだと、千鶴は何故かすぐに分かってしまった。そのヴァイオリンに小鳥がさえずるような合いの手を入れている高音の管楽器にも、千鶴には部活で聞き覚えがあった。

(こっちはフルートとクラリネット……うわっ!?)

 発表会で演奏する「ワルツ」どどこか似通ったところがなくもない、流れるような旋律は、急にティンパニやシンバルといった打楽器を伴ったオーケストラの全合奏で華やかに盛り上げられて、千鶴は声に出して驚きそうになる。

 かと思うと、今度は木管楽器が何やら思わせぶりに現れたり、その裏で不気味にうごめく低音が現れたりと、千鶴はその三拍子であること以外は発表会で弾く「ワルツ」と全く似ても似つかない曲から、耳を離せなくなっていた。

 千鶴はそのオーケストラの響きが何度も彩りを変えて現れてくる曲の、動画のサムネイルを見直した。そこには、何とか読めそうな英単語の並びが書かれている。

「ええっと、Swan(スワン)Lake(レイク)……? スワンが白鳥で、レイクが湖……あれ?」

 凛々子が話していたことを急に思い出して、千鶴は目を白黒させた。

(凛々子さんが言ってた「白鳥の湖」って、この曲のこと……? ……待てよ)

 千鶴は本棚から、以前に凛々子と訪れたツジモト弦楽器で買った本を取り出した。

(この曲のこと、「西洋音楽の自由時間」に何か書いてあったりするかな?)

 目まぐるしく色合いを変えながら盛り上がりを続けて締めくくりに向かう、スマホに繋いだイヤフォンから聴こえる「ワルツ」に耳を傾けながら、千鶴はその凛々子と訪れた楽器店で見つけた本のページを手繰っていく。

「白鳥の湖」について記述があるページは、存外簡単に見つかった。

(んーっと、「……イタリアで生まれてフランスで発展したバレエがロシアに伝えられて舞台芸術として育っていく中で……」そんな歴史があったんだ? って、チャイコフスキーの書いたバレエの曲って他にも有名な曲があるの?)

 そのページで解説されているのは、「白鳥の湖」だけではなかった。「眠りの森の美女」や「くるみ割り人形」という、絵本のタイトルになっていそうなものも併せて解説があり、それが千鶴の興味を引く。

(チャイコフスキーって、取っつきやすい曲をいっぱい書いてるのかな? この「白鳥の湖」の方の「ワルツ」も何か聴いてて面白いし?)

 千鶴はその解説を読み進めながら、「白鳥の湖」のあらすじについて紹介している箇所を読んで、顔を引きつらせそうになる。

(悪魔に白鳥に変えられたオデット姫と、そのオデット姫に恋した王子様のジークフリートと、王子様を誘惑する悪魔の娘の黒鳥のオディール……)

 千鶴は、動画の再生が止まったにもかかわらず、イヤフォンを耳に差し込んだまま、ふと妙な空想をした。

 白鳥のオデットと、黒鳥のオディールが、何故か千鶴の中で未乃梨と凛々子に重なるような気がする。

(白鳥が未乃梨で……黒鳥が凛々子さん? いや違うか? ……私、一体何を考えているんだろう……?)

 不意に脳裏に浮かび上がる空想を振り切ろうとして、千鶴は「西洋音楽の自由時間」のページをぱたんと閉じた。それでも、未乃梨と凛々子が正反対の対になって自分を見ているイメージは、しばらく千鶴の中から消えてはくれなかった。


(続く)


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