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♯281

高森や織田に巻き込まれて即席のセッションに参加する羽目になった未乃梨。高森は、織田と文化祭で何やら企画していることがあるようで。

一方で、凛々子の唇を受けた千鶴は……?

 織田(おりた)がアコースティックギターで弾くコードの伴奏は、先ほど「枯葉」で弾いた、和音を四分音符で刻んでいくスタイルとは少しばかり違った。

 折り目正しい整ったコードはそのままに、織田は寄せては返すさざ波のような心地良く揺らぐリズムで伴奏を弾いている。

 その織田のアコースティックギターに乗って、未乃梨(みのり)は「私を月に連れてって」を意を決して吹き始めた。

 初見で吹いた割には、未乃梨のフルートは危なげなく進んだ。コンクールで「スプリング・グリーン・マーチ」や「ドリー組曲」を吹いた時のような澄んだ音色が未乃梨のフルートから流れ出して、織田のギターの伴奏に重なって進んでいく。

(……これ、中学の吹奏楽部でやったポップスと何か違うような……? 瑠衣(るい)さんのギターもシンプルだけど気持ちいい伴奏だし、イントロの高森(たかもり)先輩のサックスもなんかお洒落だし……?)

 未乃梨が初見の「私を月に連れてって」の楽譜の最初のフレーズを吹き通すと、今度は高森がアルトサックスで遊ぶようなフレーズで織田のギターの寄せては返すようなリズムに乗ってきた。

 高森は、未乃梨が他では見たことのない金属のマウスピースを着けたアルトサックスで、目の前の楽譜とは似ても似つかない、わざと遅れたり先に進んだりするフレーズの運びを吹いた。織田が面白がるような笑顔を見せながら、高森のサックスに揺らいでいるようでしっかりと芯の通ったリズムのギターで伴奏を付ける。

 その織田が未乃梨をちらりと見た。ちょうど、高森のサックスがフレーズを畳もうとしているのが、未乃梨にもなんとはなしに理解できていた。

(私のフルートの出番、ってこと……?)

 未乃梨はあまり自信を持てないまま、音楽室の机の上で広げてある曲集のページに書かれた、先ほど自分が初見で吹いたメロディをもう一度吹いた。

 今度は未乃梨のフルートに、織田が小さくレースの飾りを縫い付けるような、コードを少し崩した伴奏を入れてきた。未乃梨のフルートの澄んだ柔らかな音が、織田のギターに軽やかにリードされて、フレーズの締めくくりに導かれていく。

 「私を月に連れてって」は、曲をほとんど知らない未乃梨が混ざって吹いていたにしては、整った形で演奏を閉じた。織田が、ギターを抱えたまま「ふむ」と頷く。

「未乃梨ちゃん、なかなか素敵だったよ。フルート入れてボサノヴァもいいねえ」

「んじゃ、文化祭は学校内で飛び入りありのセッションやっちゃう感じで?」

 高森も満足そうに織田と未乃梨を見回す。椅子に座ってギターを膝に置いたまま、黒い表紙の曲集のページをめくって何やら曲を探し始めた織田と一緒に曲集を覗き込む高森に、未乃梨は小首を傾げた。

「あの……、今合わせた曲って、もしかして文化祭と何か関係あるんですか?」

 高森は見ていた曲集のページから顔を上げると、「そうだよー」と頷いた。

「文化祭、今年はうちの吹部が演奏できる場所が取れなくてさ。しょうがないから部員有志で少人数で廊下とか外で演奏しちゃおうか、ってことになったんだ。当日は軽音部とか瑠衣みたいな部外者の飛び入りもあり、って感じで」

「屋外でセッションとか、本場のジャズマンみたいで良いよね。管が何人かとギターとかのリズム隊が最低一人いれば何とかなるしさ」

「……えええ?」

 未乃梨は、高森と織田の話に目眩すら覚えそうになった。どうやら、文化祭当日に、高森を中心とした何人かで、校内でゲリラ的にジャズなどを演奏しようと言うことらしく、それは未乃梨の想像の外側にあった。

 絶句した未乃梨に、高森が真面目な顔で持ちかけてくる。

「確か小阪(こさか)さんって江崎(えざき)さんともうすぐ発表会か何かに出るんだよね? そっちが終わったら、文化祭のセッションに出るのを考えてみてほしいんだけど、どう?」

「未乃梨ちゃん、さっきの『私を月に連れてって』みたいな曲でフルート吹いてくれたらハマると思うんだよねえ。折角だし、やってみない?」

 織田からも勧められて、未乃梨はフルートを手にしたまま立ち尽くした。

(私が、文化祭でジャズをやるの? それも、高森先輩だけじゃなくて、瑠衣さんみたいな学校外の人とも一緒に!?)


 千鶴(ちづる)は、凛々子(りりこ)が腕をほどいてからも、空き教室の机に腰掛けたまま立ち上がれずにいた。同じ机で千鶴の隣にまだ座っている凛々子が、千鶴に囁く。

「おでこに千鶴さんのキス、貰っちゃったわね」

「あ、あの……」

「いいのよ。私は千鶴さんのキス、嬉しいもの」

 凛々子はあくまで穏やかに微笑んだ。それだけに、千鶴には未乃梨に対する気まずさが、どこか自分の中に残っている。

 それでも、自分から凛々子の額に唇をつけたことや、左頬に凛々子の唇が返ってきたことは、星月夜(ほしづくよ)祭りの帰りに未乃梨から右頬にキスをされたことよりは何故か戸惑いが小さい。

 凛々子が千鶴の隣に座ったまま、千鶴の手を取って自分の膝に置いた。それすらも、千鶴は何故か受け入れてしまっている。

「さっき千鶴さんがコントラバスで弾いてた音階の課題、今の調子で続けておいて。発表会の練習も、しっかりね」

 諭すような凛々子の言葉に頷きながら、千鶴は自分に触れてくる凛々子に、不思議な安心感を覚える。

(未乃梨に抱きつかれたり頬にキスされたりした時はどう受け止めればいいか分からなかったのに、どうして凛々子さんだと安心しちゃうんだろう……?)

 その新たな戸惑いの理由は、千鶴にはまだ分かりそうにもなかった。


(続く)

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