♯279
音楽室にギターを持参した織田とセッションを始める高森に、戸惑いつつ聴き入ってしまう未乃梨。
一方で、千鶴は先日の星月夜祭りの帰りのことを凛々子に話して……?
「それじゃ、一曲目はベタに『枯葉』から行きますかね」
「おっけ。玲、適当にテーマ取っちゃって。ギターで付いてくから」
高森がゆったり目のテンポでアルトサックスでテーマを吹き始めて、合間に織田がアコースティックギターでコードを鳴らしてレスポンスを返す。
突発的に始まった高森のサックスと織田のギターの二重奏を、未乃梨は音楽室の机に自分のフルートを置いて、立ち尽くしたまま聴いた。
未乃梨の周囲では、まばらな人数の部員が高森や織田を気にすることもなく、各々が個人練習をしたり、楽譜を見たりしている。
(「枯葉」って、高森先輩たちが楽譜を見てる「|AUTUMN LEAVES」って曲のことかな? ……二人で何をやってるんだろう?)
未乃梨の疑問をよそに、高森と織田は演奏を続ける。高森のサックスが伸びやかに歌い、その旋律を織田のギターがコードを引き締まった四分音符で折り目正しく刻んでいく。
高森がサックスで吹くメロディが一区切りつくと、織田がギターで刻む四分音符のコードの上で、高森が一聴して先程までとはまるで関連性のなさそうな、全く別物のメロディを吹き始めた。
未乃梨は、目の前で高森と織田が繰り広げている演奏に、ただただ面食らった。織田がギターで弾いている四分音符のコードが最初と大して変わらないように思えるだけに、未乃梨は高森が吹いているメロディがでたらめなものであるようにすら感じてしまう。
(高森先輩、一体何をやってるのかな? 瑠衣さんは普通にギターで伴奏してるみたいだけど)
高森のサックスは、楽譜に書かれていることをまるで無視したようなメロディを、それぞれ違う形で何周かした。その間、織田はギターで四分音符のコードの伴奏をひたすらキープしている。未乃梨は、思わず織田のギターを耳で追った。
(……あれ? 瑠衣さんのギター、単純なことしかしてないのにすごく気持ちいい伴奏になってる?)
時折、織田のギターにスキップをして遊ぶようなリズムがコードの伴奏の中に織り込まれることはあっても、織田はひたすら高森の伴奏に徹していた。
織田のギターが軽快に伴奏するその上を、高森のサックスは自由気ままにその場で作ったメロディを吹いているようだった。未乃梨が二人の、耳慣れないにも関わらず妙に気になってしまう演奏に改めて意識を向ける頃には、その演奏はまとめのようなもの入ろうとしていた。
最後に高森が最初にサックスで吹いたものと同じ、恐らくは楽譜どおりのメロディを吹いてその「枯葉」というらしい曲を締めくくると、織田もギター最後の和音を掻き鳴らして最後の和音で結びを作った。
織田がギターを抱えたまま楽譜を覗き込む。
「うーん、ギターでひたすらフォービートでカッティングするのも悪くないなあ」
「瑠衣ってバッキング上手いよねー。桃花の吹部のフロントが羨ましいや」
耳慣れない言葉でありながら、何となく意味が類推できそうなことを話す高森と織田を、未乃梨は遠巻きに見ていた。気が付くと、音楽室で個人練習の手を止めて高森と織田の演奏を聴いていたことに気付いて、未乃梨は二人に背を向けてこっそりと練習に戻ろうとした。
(いっけない。いくら部活がヒマな時期だからって――)
その未乃梨の背後で、織田が意外なことを高森に告げた。
「玲、せっかくだしさ、未乃梨ちゃんも混ぜてなんかやってみない? 初見が利くなら楽譜をなぞるだけでも形にはなるし」
「あたしのサックスと小阪さんのフルートでフロント二人、ねえ。……小阪さん、そういう訳でちょっとセッションやってみない?」
「……ええ?」
周りの部員の視線が自分に向いたような気がして、未乃梨は及び腰になりながら、大きく目をぱちくりと瞬きさせた。
空き教室の床にコントラバスを寝かせると、千鶴は先ほどまで腰掛けて個人練習をしていた机に座り直した。そのすぐ近くの机に、凛々子も腰掛ける。
「どこから話せばいいか分かんないですけど……」
「そんなに根深い話なら、無理して全部話さなくてもいいわ。最近、何かあったのかしら?」
じっと自分の目を見てくる凛々子の瞳に、千鶴は背筋を正す。
「実は、この前の星月夜祭りの帰り、未乃梨を途中まで送ったんですけど」
「……ふむ?」
「その途中で、未乃梨に、『やっぱり千鶴が好き』って言われて、『カノジョになりたい』って」
俯きかける千鶴に、凛々子はつとめて落ち着かせるように穏やかに尋ねる。
「その様子だと、未乃梨さんの話はそれで終わらなかったのかしら?」
「……はい。未乃梨と凛々子さんにいつかちゃんと返事をして、って言われて……未乃梨に、キスされました。右のほっぺたに、ですけど」
凛々子は腰掛けていた机を下りると、小さく嘆息した。
「未乃梨さんが、そこまで……ずいぶん大胆なのね」
「キスのことは凛々子さんにも伝えて、って未乃梨は言ってて……私、ちょっと混乱しちゃって」
「そう。……でも、千鶴さんが未乃梨さんにキスされたのは、頬なのよね」
「……え?」
「唇ではないなら、まだ悩むことはないかもしれないわよ?」
戸惑う千鶴の顔を、凛々子は微笑しながらそっと見上げた。
(続く)




