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♯277

始業式のあと、未乃梨を振り向かずに個人練習を始める千鶴。そして、コンクールの終わった吹奏楽部は、何か新しい動きがあるようで……!?

 二学期の始業式のあと、千鶴(ちづる)は落ち着かない気持ちのまま無言で未乃梨(みのり)と音楽室へと足を運んだ。

 久しぶりに触れる気がするケースに収まったコントラバスの陰に隠れるように、千鶴は音楽室を後にした。

(今日は、何か未乃梨と話しづらい、かも)

 コントラバスを抱えて空き教室に向かいながら、千鶴は後ろを振り向きすらせずに足を進める。

 空き教室に着いてコントラバスを用意すると、千鶴は夏休み中の個人練習で試したように、空き教室の机に座って、というか腰掛けてコントラバスを構える。そのまま調弦をして、左手を楽器の肩に置いて開放弦を一本ずつ鳴らしてみても、久し振りに音を出した割には構えた楽器ふらつくことはなさそうだ。

 千鶴は、凛々子(りりこ)から出されていた音階の課題のうち、ハ長調の課題を弾き始めた。

(今日は、メトロノームの数字を八十で……っと)

 千鶴は音楽室から借り出したカードタイプのデジタルメトロノームを譜面台に置くと、そこから流れる規則正しいビートに合わせて、千鶴は教室の机に腰掛けたままコントラバスでハ長調の音階を弾き始めた。

(この前に個人練習で弾いたテンポよりちょっと速い……だから、弓を弦に置く場所はあまり下の駒の方に寄らないように、あと弓の幅もあんまり使わないで……っと)

 最初はメトロノームの一拍に音符一つでハ長調の課題を通して、続いてメトロノームの一拍に音符二つで課題を通してみても、凛々子に教わった通りにテンポに合った弾き方なら、コントラバスの弓や弦が軋むような雑音が鳴ることはなさそうだった。

 千鶴は、いつしか凛々子がヴァイオリンを弾く時の所作を頭に思い浮かべてコントラバスで音階の課題を弾いていた。それは、メトロノーム一拍に音符四つのテンポで音階の課題を弾こうとした時、凛々子以外の姿まで浮かび上がるようになっていた。

(これが、真琴(まこと)さんなら? 瑞香(みずか)さんとか 智花(ともか)さんなら? 波多野(はたの)さんとか、本条(ほんじょう)先生なら?)

 メトロノームの一拍に対して、音符四つをはめ込むのに最適そうな動きを、千鶴は思い浮かべた。

(あまり弓を弦に押し付けないで、弓とか右腕の動きは最小限にして、焦らないで……)

 ハ長調の課題が細かに昇り降りする階段になって、千鶴はそれを上下に駆け巡った。途中で踏む(アー)(デー)といった開放弦のオクターブ上の音が共鳴して、千鶴が弾くコントラバスの音を柔らかに力強く響かせた。


 どこからか響いてくる低く柔らかな響きの音階練習を聴きながら、凛々子はその音の出どころにゆっくりと向かう。

(このテンポで音が転んでない……悪くないわね)

 その凛々子を、正面から歩いてくるサックスを手にした女子生徒が手を上げて呼び止めた。

「お、仙道(せんどう)さんじゃん? 今から江崎(えざき)さんの練習見に行くの?」

「ええ。高森(たかもり)さんは?」

「あたしは文化祭の企画でちょっとね。面白いことをやるから、楽しみにしといてよ」

「あら、何かしら? 吹奏楽部で何か企画コンサートでもやるの?」

 高森はメッシュの入ったボブの髪に隠れた、ピアスを着けた耳に手をやった。

「それができたら一番良かったんだけど、なかなかそうもいかなくて、ね。代わりに別の企画が生徒課で許可をもらえたから、そっちで行くよ」

「吹奏楽部、文化祭期間も忙しくなりそうなのかしら?」

 小首を傾げる凛々子に、高森は「そうでもないかな」と打ち消す。

「文化祭は希望者だけで動いてもらおうかな、って思ってて。江崎さんみたく、予定が入りそうな子は自由練習してもらおうかな、って」

「そういうことね。では、好都合かしら?」

 凛々子の言葉に、高森は「へえ?」と興味深そうに笑う。

「仙道さん、江崎さんを何か面白そうなことに巻き込もうとしてる感じ?」

「当たりよ。一応確認するけれど、吹奏楽部って、部活外での活動は禁止していないはずよね?」

「禁止どころか、大歓迎さ。うちの顧問の子安(こやす)先生、そういうの勧めてるし、じゃなかったら私だって軽音部とかジャズ研の連中とライブやったりしないよ」

 得意気な高森に、凛々子の唇から上品に笑みがこぼれる。

「それじゃ、遠慮なく千鶴さんを借りていけそうね?」

「良いんじゃない? 小阪(こさか)さんが嫉妬しそうだけど」

「それはそれで面白いから、気にしないでおくわ。彼女、そういうところが可愛いのよね」

 微笑する凛々子に、高森は肩をすくめた。

「全く。怖いお嬢様だこと」

「そうかしら? これでも、人並みに好いたり好かれたりはしているのだけれど?」

 そう微笑む凛々子に、高森は内心困り笑いをした。

(江崎さんが小阪さんとくっつく方に賭けた身としては、何とか小阪さんを助けたいところだけど……さて、どうしようかな)

 

(続く)

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