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♯274

夏祭りが佳境に入る頃、そろそろ家路につく千鶴たち。

その千鶴のとあることを波多野に相談する凛々子は……。

 三日月大通りの広場の櫓に設置されたスピーカーから流れる音楽が音頭からクラブやライブハウスで流れていそうなビートの利いた音楽に変わって、星月夜(ほしづくよ)祭りは少しばかり様相が変わり始めた。

 千鶴(ちづる)未乃梨(みのり)たちの周囲に、屋台で売っているらしいアルコールを手にした成人の男女が少しずつ増えて来ていた。

 智花(ともか)がスマホの画面にちらりと目を落としてから、まだ高校生の四人を促す。

「ここからは大人の時間、かな。酒を飲まない我々はそろそろ退散しますかね」

「そうだね。遅い時間まで居残るのはまた数年後、かな」

 波多野(はたの)も頷くと、千鶴たち五人は三日月大通りの広場を抜けてそろそろ帰りの電車に乗ろうと押し寄せ始める人混みの流れに乗って、駅へと足を進め始めた。


 ゆっくりとしか歩けない人混みの中で、凛々子(りりこ)は改めて千鶴の横顔を盗み見た。はぐれないように千鶴の左腕に未乃梨に自分の視線を気取られないように、それとなく千鶴の右側に回りながら。

(最初は有望なコントラバス奏者になってくれそうな背の高い女の子、とだけしか思っていなかったのだけれど……まさか、私があなたをここまで気にするなんて、ね)

 未乃梨に左腕に取りつかれつつも、千鶴は迷惑そうな顔も見せず談笑しながら歩いている。

(千鶴さんが未乃梨さんに向けるその笑顔と、「あさがお園」の本番や発表会やオケのことに興味を持ってくれたことは、同じところから来ているのかしら? それとも――)

「凛々子、気になる?」

 不意に肘をつつかれて、凛々子は問いかけてきた小声の主を振り向いた。

「波多野さん。わかる?」

「そりゃもう。あの二人は多分気付いてないけど」

 波多野は三つ編みの髪を揺らす夜風に吹かれながら、心地良さそうに暗がりの空を見上げた。

「凛々子、妹たちを見るお姉さんみたいな顔してたよ。そういう優しいとこもあるんだね」

「あら、私を何だと思ってらっしゃるのかしら。うちの首席コントラバス奏者は」

「掴みどころのないコンサートミストレスにして、星の宮市じゃあの有坂真琴(ありさかまこと)と並び立つ高校生のヴァイオリン弾き……かな?」

「もう。面倒臭い人の名前を出すんだから。……真琴さんといえば」

 凛々子の表情がやや真面目な方向に変わった。

「先日、彼女と電話をした、というか、向こうから一方的にかかってきたのだけれど。その時に、千鶴さんのことを少し話したわ」

江崎(えざき)さんの? 何かあったの?」

「この前、練習を見ているときに気付いたのだけれど。……千鶴さん、移動ドで音を聴いてる可能性があるかもしれないの」

「第九を『ミミファソソファミレ』、って認識してるかもしれない、みたいな? 誰にも教わらずに?」

 波多野は思わず、凛々子越しに千鶴を見上げた。

「ええ。もしかしたら、舞衣子(まいこ)先生のレッスンを一度受けてもらった方がいいかもしれないって、そういう話を真琴さんと、ね」

「……今度、星の宮ユースの練習で本条(ほんじょう)先生に話しておいたほうがいいかもね。先生、発表会も聴きに来るしさ」

「覚えてたら、伝えておいて。千鶴さん、自分でも気付かないうちに相対音感が育ってきてるかもしれないから」

 未乃梨や智花と談笑しながら歩く千鶴に、凛々子は何かが腹にあるような視線を向けた。

「にしても。凛々子って一人っ子だっけ、お姉ちゃんになりたかったの?」

「……どうかしら。私にだって、自分でもわからないことはあるわ」

 話しているうちに、五人はディアナホールの最寄り駅のすぐ近くまで来ていた。

 智花と波多野を見送りながら、凛々子は波多野への返事の続きを、胸の中で呟く。

(私がなりたいのは、千鶴さんの姉ではなくて……もっと近い、互いに思い合う関係だけれど、そうなれるかどうかは……)

 凛々子の結い上げた髪を、涼やかな夜風が撫でていく。襟元を通り過ぎる爽やかな風の感触は、そろそろ近付いている秋を予告していた。

(二学期になったら発表会に、それから……千鶴さんは、私について来てくれるのかしら)


 電車に乗り込んだ千鶴と未乃梨と凛々子は、やはり祭りから帰る人の流れの中でも目立っていた。特に千鶴は、並の高校生の男子を凌駕する背丈と初めて着付けてもらった浴衣が不思議に馴染んでいて、普段から和服で過ごしているような錯覚すら覚えかねない立ち姿だ。

「浴衣って、意外と涼しくないんですね。袖とか帯がポケット代わりになるのはちょっと面白いけど」

「もう。千鶴、帯にスマホなんか挟んだら崩れるわよ?」

 人の多い帰りの電車の中でも、千鶴と未乃梨の取り合わせは妙に合っている。それが微笑ましく思えて、凛々子は口元をほころばせた。

「千鶴さん、来年は浴衣に合わせて巾着もあるといいわね」

「ちょっと凛々子さん? 来年も千鶴を誘おうとしてるでしょ!?」

「あら、それはしたくても無理よ? 来年は私は受験ですもの」

 目尻を吊り上げる未乃梨と、それをかわす凛々子を見ながら、千鶴はふと電車の窓の外の夜景を見た。

(受験、か。……私と未乃梨はあと二年後で、その頃には高校に凛々子さんはもういなくて……)


(続く)

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