♯273
三日月大通りの広場に建てられた、櫓の周りで踊ってきた千鶴と未乃梨と凛々子。
その千鶴が、高校入学当時までの男の子っぽさから変わりつつあることに未乃梨は複雑で。千鶴の変化の陰には凛々子の影響もあって……。
三日月大通りの、車線に挟まれた広場の真ん中に建てられた、櫓の周りのスピーカーから流れる音頭を何周かして、踊りに行った千鶴と未乃梨と凛々子が広場のベンチに戻ってきた。
「お帰り。いい絵が撮れたよ」
智花が三人に、踊っている間に撮ったらしいスマホの画像を差し出した。波多野が横から、智花のスマホを覗き込む。
「凄く綺麗に撮れてますね。小阪さんは可愛いし、凛々子と江崎さんは綺麗だし」
智花が撮った画像には、照明に照らされた櫓をバックに音頭に合わせて踊る人の輪の中の、未乃梨と凛々子に前後を挟まれた千鶴が写っている。
三人の先頭に立つ、可愛らしいリボンで髪をまとめたピンクの撫子の浴衣の未乃梨や、後ろにいる長い艷やかな黒髪を結い上げた紫の菖蒲の浴衣の凛々子に挟まれた千鶴は、成人男性と比べても遜色のない背丈も相まって祭りの踊りの中で映えていた。
「千鶴さん、外から見たらこんなに目立ってたのね? 姿勢も綺麗だし、素敵よ」
「……ちょっと、恥ずかしいかも」
櫓を照らす照明に当てられた画面の中の千鶴を見て、未乃梨は言葉を失った。
照明のオレンジ色の光の中で、下ろしていればそろそろセミロングの長さに届こうかという千鶴のストレートの黒髪も、やや古風ですらりと起伏の小さい千鶴の身体つきによく合った白地に群青の矢絣の浴衣も、踊りの所作でやや翻って、賑やかな祭りの場の中で見事に際立って見えた。
「未乃梨さんも可愛いわね」
「そうだね。こういう可愛いリボンとかピンク系の浴衣が似合うの、羨ましいな」
凛々子と波多野の口から出る自分への賞賛にも、未乃梨は「そう、かなあ。……あはは」と力なく笑って応じることしかできなかった。
(画像の踊ってる浴衣姿の千鶴、すごく綺麗……なんか、後ろにいる凛々子さんみたい?)
そこまで思いかけて、未乃梨は千鶴をそっと盗み見るように視線を送る。
千鶴は、未乃梨の視線に気付いていないのか、波多野と話していた。
「江崎さん、これだけスタイル良いと発表会の衣装も楽しみだね。何着て出るの?」
「ちょっと前に買ったんですけど、これです」
千鶴が差し出したスマホを見て、波多野と智花が口を揃えて「おおー」と歓声を上げる。
「腕出しのフレンチ袖に黒のロングかー。千鶴ちゃん、画像撮った時はボブだったんだ?」
「はい。高校受験で伸びかけのままほったらかしちゃって、もうここまできたらしっかり伸ばそうかな、って思って」
智花が見ている画像は、一学期の頃の髪の長さがまだボブの範疇の頃の千鶴だろうか。リボンで髪を結うようになり始めた頃を思い出して、未乃梨は目を伏せる。
(千鶴が綺麗になってくの、私も嬉しいはずなのに……どうしてこんなに落ち着かないんだろう)
波多野がスマホに写る千鶴を凛々子と見比べた。
「江崎さん、このまま伸ばすの? ロングにしたら、凛々子みたいに決まりそうじゃない?」
「綺麗なストレートだし、私よりは結婚する前の本条先生に近いかしら? 確か、お嬢さんを妊娠した時に切ったって言ってたわ」
「えー? 高校生時代の本条先生は見た目がもっとやんちゃだったよ? 髪の毛を麻紐で結んでたらしくって、その頃の写真見たことあるもん」
「若い頃の舞衣子先生は色々武勇伝があるっぽいけど……随分ワイルドだったのね」
波多野と凛々子の会話を聴きながら、未乃梨はうつむきがちのままぼんやりと考えた。
(千鶴も私も、いつかは大人になって、誰かと結婚して、凛々子さんのオーケストラに弾きに来てた本条先生みたいにお母さんになるのかな……千鶴が誰かのお嫁さんになっちゃうの、考えたくないな)
「そういえば小阪さん、発表会は江崎さんの伴奏をするんだよね? 服装とか決めた?」
不意に波多野に問われて、未乃梨ははっと顔を上げた。
「えっと……ピアノとかフルートの発表会だと色のある衣装でしたけど……伴奏者だとそんなんじゃだめですよね?」
「そうでもないよ。江崎さん、身長あるし楽器もコントラバスで大きいから、あんまり目立たない服装も良くないかも」
「じゃあ……色ありのブラウスとか?」
「いいんじゃない? 二人で舞台に上がった時に違和感が無ければ大丈夫だよ。小阪さん、パステル系似合いそうだし、上はピンクとか黄色のブラウスとか」
「それ、絶対に可愛いわね。千鶴さんの衣装ときっと合うわよ」
凛々子も、千鶴のスマホと未乃梨を見比べながら頷いた。その凛々子の態度も、未乃梨にはやや引っかかる。
(……凛々子さん、私が千鶴のピアノ伴奏をするのに気にしてないの? やっぱり、千鶴と私が一緒でも、余裕ってこと?)
華やいだ祭りの夜の空気も、楽しみなはずの二学期の発表会の話題も、未乃梨の心を晴らしてはくれそうになかった。
「こうなると、未乃梨さんにもフルートで発表会に出てほしいけれど、お忙しいでしょうし伴奏者も探さなきゃいけないから難しいわね」
「主催が凛々子のヴァイオリンの先生とチェロの吉浦先生だし、管楽器は難しいんじゃないかな。私とか江崎さんのコントラバスだって、弦楽合奏をやるから出させて貰えるんだし」
(私だけ仲間外れみたい……でも、もしかしたら千鶴も部活じゃ似たような状態なのかな)
未乃梨はそこまで考えて、千鶴と凛々子と波多野の顔を等分に見回す。
(これから、部活で千鶴がひとりぼっちになっちゃうことが続いたら……いつかは凛々子さんたちのオーケストラに移りたい、とか思っちゃったりするのかな)
その空想は、未乃梨を少しだけ身震いさせた。
(続く)




