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♯266

コンクールの県大会で金賞を取った紫ヶ丘高校。

そして、秋からのことを見据える上級生たちと、学校外での本番を控える千鶴や未乃梨と。

 コンクール県大会の産業文化会館の大ホールの舞台に、金賞を受賞した高校の代表者が残って、客席はひりついた緊張感に包まれた。

 千鶴(ちづる)たちの紫ヶ丘(ゆかりがおか)高校の部長の与田(よだ)も、緊張した面持ちで舞台の上に残っていた。そのすぐ近くには、もう八月後半とはいえ、黒い詰襟の制服を着た付属高校を指揮していた男子生徒もどこか落ち着かない面持ちで立っている。

 審査員長が舞台上に残った代表者の前に進み出て、改めて金賞を受賞した高校の演奏を手短に称える。

「今年の夏のコンクールは、熱演を聴かせてくれた高校もたくさんあり、また、独自の取り組みに挑戦した意欲的な高校もあって、審査は大変に白熱したものとなりました。それでは、金賞受賞校から、地方大会へ出場する高校を発表致します」

 客席が火が消えたように静まり返り、発表を待った。

 千鶴は、すぐ近くに座る未乃梨(みのり)高森(たかもり)植村(うえむら)を見回した。未乃梨が胸の前で祈るように手を組んで目を閉じている一方で、高森や植村は流石にいつもの気楽そうな様子ではないものの、客席の背もたれに身体を預けて落ち着いた様子で舞台に目を向けている。

(……なんか、バスケ部とかバレー部の試合とは全然違うけど、やっぱり部活の大会なんだよね)

 千鶴は、緊張が走る周囲の部員の様子にどこか乗り切れずにいた。その理由は、千鶴には見えそうで見えない。

(……運動部でいったら、今の私はレギュラーじゃないから、だろうか? 未乃梨や先輩たちコンクールメンバーは応援したいけど――)

 ぼんやりと考える千鶴の意識を、舞台に立っている審査員長の声が振り向かせた。

「私立鳴宝(めいほう)学院高校、私立清鹿(せいろく)学園高校、千石(せんごく)大学教育学部付属高校、以上が地方大会の出場校となります」

 審査員長の挙げた校名に、千鶴たちの紫ヶ丘高校の名前はなかった。

 未乃梨は、ぐったりと客席のシートに倒れ込んだ。高森は、「ま、去年からすれば良いセンに行ったよ」と納得したように頷く。植村に至っては人目をはばからず「うーん」と伸びをしていた。

「さーて、あたしは明日からピアノの練習だなあ」

「そういや有希(ゆき)って合唱部の助っ人だっけ。私も軽音部に顔出さなきゃだしねえ」

 妙に切り替えの早い植村と高森に、未乃梨が怪訝そうな顔をした。

「あれ? 先輩たち、部活外で何かあるんですか?」

「そうだよー。あたしは合唱部の練習伴奏で(れい)は文化祭のライブ。コンクールだけが活動じゃないからねえ」

 悠然と構える植村に、高森も頷く。

「文化祭だって、立派なステージさ。小阪(こさか)さんも、江崎(えざき)さんの伴奏かなんかあるんじゃなかったっけ?」

「そういえば、二学期に千鶴の発表会……」

 怪訝な表情が消えて何故か顔を赤くする未乃梨に代わって、千鶴が応える。

「今、コントラバスの練習を見てもらってる凛々子(りりこ)さんの勧めで秋に発表会に出させてもらうことになったんです」

 興味深そうに、植村が間に座る高森ごしに千鶴の顔を見た。

「確か、『オンブラ・マイ・フ』を弦バスで弾くんだっけ?」

「それもですけど、合奏もあります。ヴィヴァルディの『調和の霊感』と、チャイコフスキーのワルツと」

 高森が、自分より座高の高い千鶴をしげしげと見上げた。

「あの美人さんの勧め、ねえ。しっかし、その発表会、合奏もあるなんて楽しそうだなあ……おっと」

 凛々子の話題が出かかった辺りで、千鶴の左隣りに座る未乃梨がかすかに眉をしかめたような気がして、さすがに高森は話題を変えた。

「そういえば、二学期の文化祭はちょっと面白いことをやろうかなって思ってて」

「文化祭で?」

「面白いことって? 何ですか?」

 千鶴と眉をしかめるのをやめた未乃梨が、同時に小首を傾げる。

「軽音部とかジャズ研とちょっと、ね。ま、楽しみにしててよ」

 妙に楽しそうな高森に、植村はくすくすと笑い、千鶴と未乃梨は顔を見合わせた。


 帰りのバスの中では、紫ヶ丘高校の部員たちは、和気あいあいと騒ぐ者がほとんどだった。コンクールの県大会を通過できなかったことは確かでも、コンクールで演奏したメンバーは全員がどこか堂々と振る舞った。

 バスに乗り込む前に、顧問の子安(こやす)はまず全員を労った。

「今日、コンクールで演奏した皆さん、そして裏方としてセッティングや楽器の搬入をやってくれた皆さん、お疲れ様でした。今日は、今までで一番皆さんらしい演奏をできた、と私は思います」

 その言葉は、コンクールを通過できなかったことを悔やむ一部の部員の心を氷解させた。

 バスの中で、千鶴と未乃梨は木管セクションの上級生が固まる辺りの席に招かれた。フルートの高杉(たかすぎ)仲谷(なかたに)から、どこで買ったのかチョコやクッキーなどの菓子が二人に回ってくる。

「そういえばさ」と、オーボエの三年生の浦野(うらの)が未乃梨の顔をまじまじと見た。

「今日の県大会、うち、ダメ金じゃ評価は最高だったらしいよ。あと、審査員で二人ほどうちの一番フルートを褒めてたってさ」

「え……えええ!?」

 目を丸くする未乃梨に、遠くから子安の声が投げかけられる。

「今日のMVPはフルートの小阪さんですよ。皆さん、拍手!」

 周囲から上がる拍手と、どこからともなく鳴らされる指笛に、未乃梨は真っ赤になってうつむいた。

「未乃梨、本当にお疲れ様」

 穏やかに微笑む千鶴に、未乃梨は今日の疲労やわだかまりが、すうっと軽くなったような気がした。


(続く)



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