♯265
コンクール県大会の結果発表が始まる中で、わからないなりに自分と音楽の関わりについて少し考える千鶴。
そして、気にかけてていた付属高校の結果も明らかになって……?
千鶴は、未乃梨が自分を見る不安そうな目に気付いてから、付属高校の演奏する「六声のリチェルカーレ」が終わるまで、内向きの自問自答を繰り返した。
(私に吹奏楽部とコントラバスを勧めたのは未乃梨で、私に学校の外の知らない音楽のことを教えてくれたのは凛々子さんで。……でも)
そこまで千鶴がなんとか整理を付けたところで、「六声のリチェルカーレ」は曇り空が晴れるように澄んだ協和音のなかで、幕を閉じた。
慌てたように、演奏を終えた付属高校に向けて千鶴は拍手を送った。拍手をしながら、そして「強豪」と呼ばれる清鹿学園や楽器置き場で見掛けた乾学園の亜流のようないくつかの高校の演奏を聴きながら、千鶴は考え続けた。
(私は音楽のことなんかまだまだわからないことばっかりだけど、未乃梨や凛々子さんのこととはまた別に、コントラバスでどんなことをやりたいか、ってことを考えてみてもいいのかもしれない)
そこまで考えて、千鶴は左隣りの未乃梨にもう一度目を向ける。最後の高校の演奏が終わって、コンクールの結果発表の前に少し時間が置かれた時だった。
先ほど千鶴や高森が心配して声を掛けた未乃梨は、どこか思考が止まってしまったような、上の空の様子で過ごしていた。
(未乃梨は……私がどんなことをやってみたいか、話したら相談に乗ってくれるかな)
千鶴がそんなことを考えているうちに、審査員や各高校の代表者たちが舞台上に現れて、結果発表が始まった。その中の見覚えのあるマッシュルームカットに半袖のカッターシャツの制服姿は、千鶴たち紫ヶ丘高校の部長の与田で間違いない。
演奏順に結果発表が読み上げられるたび、千鶴の周りの客席から悲鳴や歓声が湧き起こる。その様子には、コンクールで演奏していない千鶴ですらどこか共感できるところがなくもない。
(他の学校も、この日のために、ずっと練習してきたんだもんね。……運動部みたいに勝ち負けがあるのかどうかは、ちょっと分からないけど)
千鶴が楽器置き場で見掛けた、あの乾学園は「ゴールド、金賞」と評されて、客席のそこかしこから歓声が上がる。千鶴の右隣りに座っている高森が嘆息した。
「ああいう演奏、やっぱり受けるんだねえ。ま、確かにパワーは紫ヶ丘なんかよりずっとあったしね」
高森の言葉通り、確かに音の大きさや音色の対比といった、分かりやすい演奏をした学校が高い評価を得ているようではあった。
「紫ヶ丘、どうなりますかねえ」
流石に気になってくる千鶴に、植村がプログラムを団扇代わりにしながら舞台の審査員長を見た。
「ま、あたしらはやれるだけのことはやったよ。あとはそれをどう評価されるか、さ」
植村や高森といった上級生たちは、落ち着き払って他の高校の結果を聞いている。一方で、未乃梨は先ほどからどこか心ここにあらずのままだったし、斜め後ろの客席に上級生たちに取り押さえられるように囲まれて座っているテューバの蘇我は、妙に緊張した面持ちで審査員の評価を聞いていた。
そして、紫ヶ丘高校の順番が回ってきた。コンクール県大会の審査員長が、厳かに告げる。
「続いて、県立紫ヶ丘高等学校。ゴールド、金賞」
千鶴の近くにいる紫ヶ丘の生徒は、蘇我が歓声を上げかけて周りに口を塞がれたいがいは、特に騒ぎ出す者はいなかった。それでも、千鶴はすぐ横に座る未乃梨を振り返る。未乃梨は、居眠りから叩き起こされたように、戸惑ったような声を上げた。
「え!? ちょっと、ええっ!?」
「未乃梨、金賞だって! 凄いよ!」
「てことは、次は地方……関東大会に行けるかもしれない、ってこと!?」
未乃梨はやっとのことで今の状況を飲み込んだ。
清鹿学園やその亜流のような、叫ぶような大きな音で演奏する学校がいくつか金賞を取っていたことに、千鶴も、未乃梨も少し暗い気持ちにならざるを得ない。
未乃梨は、急に何かを思い出したように千鶴や高森や植村を見た。
「そういえば! 付属高校は? あそこの結果はどうなったんですか?」
「これから発表だよ。紫ヶ丘も一応金賞を取ってるってことは、付属もそう悪い結果にはならないと思うけど、どうだろうね」
あくまで冷静に、高森は分析した。植村は、少し違う意見のようだった。
「付属が銀とか銅になると思う? あそこ、基礎力で言ったら県内じゃ一番だよ。じゃなきゃ、あんな少人数で『六声のリチェルカーレ』なんか出来るわけないって」
千鶴は、黙って発表を待った。
(あんな、聴いているだけで色んなことを考えさせてくれた演奏は、今日のコンクールで付属高校だけだ。そのことだけでも、聴いた意味はあったんじゃないだろうか)
そして、付属高校の結果が告げられた。
「続きまして、千石大学教育学部付属高校。ゴールド、金賞」
その結果は、小さくないどよめきと、一部からの強い賞賛をもって迎えられた。
(続く)




