♯261
他校の演奏に違和感を感じつつ、自分たちがどんな演奏を目指すのかという話題で考え込む千鶴。
そして、千鶴が以前に聴いて気になっていた付属高校の演奏が始まって……。
コンクールの県大会の午後の部を、千鶴は今ひとつ気分が乗り切らずに過ごした。
(……今の学校の課題曲の「ファルシオンマーチ」、ずいぶん騒がしい演奏だったなあ。他の学校もそんな感じだけど)
その原因は明らかだった。ほとんどの学校音の大きさを競うような演奏に終始していて、千鶴はどうにも胃もたれのような虚脱感すら覚えている。
課題曲も、勇壮な「マーチ『グランドサミット』」や戦闘的な「ファルシオンマーチ」がやたらと多く、それ以外の曲を選択した学校も穏やかさや繊細さを押し出した演奏はほとんど見られない。
午後の部の出番だった清鹿学園の演奏も、千鶴は地区大会で聴いたときと同じような感想しか持てなかった。コントラバスが編成に入っている学校で、楽器の正面を不自然に客席に向けた清鹿学園のような学校がちらほら見られるのも、千鶴をコンクールの演奏に聴き入りにくくさせている原因のひとつだった。
げっそりしかけた千鶴の右隣りの席で、高森が困ったように笑う。
「江崎さん、聴き疲れしちゃった?」
「その、なんと言うか……牛丼とかカルビ丼を無理矢理おかわりさせられたみたいな感じです」
「まあ、今日のコンクールみたいなヘビーなのも、吹奏楽の特長ではあるんだ。ほら、クラシックのオーケストラだって、クライマックスはめちゃくちゃ盛り上げるじゃない?」
高森に言われて、千鶴は「そういえば……」と、以前に聴いた星の宮ユースオーケストラの「グレート」を思い出して、怪訝な顔をした。
「……うーん、一学期に聴きに行った凛々子さんたちのオーケストラ、盛り上がるのも凄かったけど、もっと優しくて、もっと暖かい音がしたっていうか」
思案顔の千鶴に、左隣の客席に座っている未乃梨も「うーん」と軽く唸った。
「オーケストラと吹奏楽じゃ簡単に比較できないけど、確かに、凛々子さんのオーケストラの方が色んな表現があったっていうか?」
高森のそのまた右隣りに座っている植村が、前下がりボブのサイドの髪をもて遊びながら転換している最中の舞台に顔を向ける。
「こう考えたらいいんじゃない? 清鹿とか乾学園は焼肉屋さんで、仙道さんが入ってるオーケストラはコースが出せるフレンチのお店、みたいなさ」
千鶴が、植村の例え話に小首を傾げる。
「じゃ、高森先輩がたまに吹きに行くジャズ研とか桃花高校は何のお店なんですか?」
高森は妙に得意げに胸を張った。
「グルメバーガーのお店かな。パティを焼く鉄板の火力は焼肉屋さんに負けないよ?」
未乃梨は細い顎に手を当てて考え込む。
「となると、私たち紫ヶ丘の吹部は……?」
「それなんだよ。二人に聞くけど、紫ヶ丘をどんなお店にしてみたいかな、って」
植村に問われて、千鶴と未乃梨は顔を見合わせた。
考え込む千鶴をよそに、未乃梨が先に口を開く。
「うーん……今日やった『ドリー組曲』って可愛い感じだし、ああいうのをどんどんやってくなら、小さいけどおしゃれなカフェ、みたいな?」
未乃梨の言葉に、高森がにやりと口角を上げた。メッシュの入ったボブの髪から顔を覗かせる両耳のピアスを、高森はコンクールの本番のあとになると隠しもしない。
「お、良いねえ。クラフトコーラとかジンジャーエールとか置いててほしいな」
「それ、玲がよく行くライブハウスじゃない」
「じゃあ、有希は何だと思うわけ?」
「ラーメン屋とかどうよ? 味の濃さとか麺の茹で上がりとか色々オーダー出来るとこ」
「それ、ユーフォの梶本先輩のバイト先じゃないの? あの人、『俺のユーフォは背脂とニンニクで稼いで買った』って言ってたな」
未乃梨のなんとなく頷けそうな意見と、植村と高森の脱線したおかしな話を耳に入れながら、千鶴はまた考え込んだ。
「……ええっと、どういう演奏を部活でやっていきたいか、ってことですよね? コンクールでもそれ以外でも」
「そうそう。食べ物屋さんの例えで話が変な方向に行っちゃったけどさ、そういう方向性を自分たちで決められるのが、紫ヶ丘の良いところじゃないかな、って思うんだよね」
植村の言葉に、千鶴は再び考えを巡らせた。
(どんな演奏をしてみたいか、ってことは、私も今度の発表会で考えてみた方がいいのかなあ。あと、そういうことって、凛々子さんたちは考えたりするんだろうか。本条先生とかもいるのに?)
紫ヶ丘どころか、今日のコンクールのどの学校の吹奏楽部よりも沢山の人数を、それもプロの演奏家も弾きに来るオーケストラの先頭でヴァイオリンを弾く凛々子に、尋ねてみたいことがひとつ、千鶴に出来たようだった。
舞台では、そろそろ付属高校の吹奏楽部がセッティングを始めている。県大会に出場するどの高校よりも少ない人数は、やはり千鶴たちの目を引いた。
(もしかして、三十人ぐらい? あんなに少ない人数で、地区大会で凄い演奏をしていたんだよね)
以前に聴いた付属高校の演奏を反芻するように思い出す千鶴の耳に、小さく毒づく声が投げつけられたダーツのように飛んできた。
「……あんな弱小校、どうして県大会まで上がって――」
「蘇我、それ以上言うとまた説教部屋行きだからね? 公共の場なんだから口は慎みなよ」
「あたしら高校生なんてみんな半人前だよ? イキりなさんな」
千鶴の斜め後ろの客席で、小柄なテューバの蘇我が上級生二人に鼻と唇を摘まれて声を封じられて取り押さえられていた。
(……蘇我さんが何か言ってるのは置いといて。付属高校も、やっぱり紫ヶ丘みたいに注目されてないのかなあ)
他校の部員が立ち去って、四割ほどが空いていく客席を見回しながら、千鶴は釈然としない気持ちで舞台に現れた付属高校の部員たちに拍手を送った。
(続く)




