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♯260

昼休みに未乃梨のスマホに届いた織田からのメッセージを見て、吹奏楽部の活動について少し考えてしまう千鶴。

それは、午後の部の演奏を聴いていて少しずつ形になり始めて……?

 昼休みになっても、演奏が終わった後に特有のどこかはしゃいだ気持ちが続く未乃梨(みのり)のスマホが、バイブレーションの微かな音を立てた。

「メッセージ? 誰かな?」

 スマホの画面には、相変わらず賑やかに活動していそうな織田(おりた)が自分の学校らしき場所で半袖のセーラーブラウスを着てギターを抱えている画像が映っている。織田の背後には、桃花(とうか)高校の制服らしい同じ半袖のセーラーブラウスとスカートの女子生徒たちが、ドラムやサックスを手に見切れていた。


 ――お疲れ様。今日はコンクールだっけ? 頑張ってね。こっちは二学期の文化祭に向けて毎日セッション漬けです


 未乃梨は、千鶴(ちづる)にメッセージアプリの画面を見せた。

瑠衣(るい)さん、秋に学校でライブやるみたいよ」

「そうなんだ? そういえば、桃花の吹部って軽音部みたいな感じだっけ」

「みたいね。連合演奏会のジャズの曲とかカッコ良かったし、聴きに行ってみたいかも」

 スマホがもう一度震えて、メッセージの着信を再び告げる。それには、織田たちの演奏らしい短い動画が添付されていた。

 千鶴と未乃梨がイヤホンの左右を分け合って聴いてみると、それはギターやドラムといったバンド楽器に管楽器を交えたアレンジを施したロックナンバーで、トランペットを手にした桃花高校の女子生徒が時折マイクスタンドの前に立ってヴォーカルを入れている。

「瑠衣さんたち、やっぱりカッコ良いね」

「吹部なのにロックをやるなんて、私が中学の時だったら思いつかないかも」

「吹奏楽部って本当は色んなことができるんだね?」

「本当はそうなのかも、ね」

 未乃梨はイヤホンを外すと、自分たちの演奏の直前に半分ほどが席を立ってがらがらに空いた客席を思い出した。

高杉(たかすぎ)先輩が一年生の時に半分ぐらい辞めていった人たち、清鹿(せいろく)みたいな演奏がしたかったのかな。今の紫ヶ丘(うち)みたいな柔らかい音を作るスタイル、やっぱり嫌だったのかも)

 そんなことを思った未乃梨は、「そういえば」とプログラムを取り出す。

「千鶴、午後の部の付属高校、一緒に聴きに行かない?」

「うん。地区大会の演奏凄かったし、実は私も聴きたかったとこ」

「お二人さん、付属が気になってたんだ? 私らも行くよ」

 頷いた千鶴の後ろから、高森がひょっこりと顔を出した。その後ろには、植村やフルートの仲谷(なかたに)といった上級生たちも連れ立っている。

 千鶴は、後ろにいた上級生たちを見て目を丸くした。

「私、連合演奏会とか地区大会の付属、よその高校と全然違うことをやってる、って思ってたんですけど、先輩たちもですか?」

 うんうん、と仲谷がうなずき返す。

「フルートパートとしては、苦手な低い音の使い方のお手本みたいなとこがあったし、何より他の学校に比べてすんごく音が綺麗だからね」

 植村も、仲谷に同調して腕組みをしたまま顔を縦に振った。

「実は、うちら中低音パートも勉強に行こうって言ってたんだよ。な?」

 植村が顔を向けた先には、バスの席に座ったままトロンボーンやトランペットの女子の上級生に取り囲まれているテューバの蘇我(そが)が不機嫌そうな顔で窓の外を見ていた。

 千鶴は、蘇我の様子に声を落とした。

「……あの、植村先輩。蘇我さん、どうかしたんですか?」

「今日は練習通りちゃんと吹けてたよ? ただ、どうも褒められ慣れてないみたいでさ」

 肩を揺すって小さく笑う植村に、耳のピアスやメッシュの入った髪をもはや隠そうともしない高森も呆れたように肩をすくめる。

「トロンボーンの連中、本番の後で真っ先に蘇我さんを褒めたら小さくなっちゃってさ。欠点をダメ出しするだけじゃ褒められた時にどう反応していいか分かんなくなるみたいだね」

 千鶴と未乃梨は顔を見合わせた。

「未乃梨、吹奏楽部って、厳しい運動部みたいにしょっちゅう怒鳴られたりするもんなの?」

「私が中学の頃、先生に結構怒られたりしたけど、そこまでじゃないっていうか。……でも、子安(こやす)先生なんか、そもそも怒りすらしないし?」

 不思議そうに首を傾げる未乃梨の向こうにいる蘇我を、千鶴はそっとのぞき見た。蘇我は納得がいかないような、気持ちの置きどころに迷ったような顔をして、高森や植村や仲谷の後ろ姿を見てから、千鶴の方を一瞬だけ睨みつけてきた。

(……蘇我さん、やっぱり私のこと嫌いっていうか気に入らない感じなのかな)

 千鶴は蘇我に気付かない振りをして、プログラムにもう一度目を落とした。


 千鶴が未乃梨や上級生たちと聴きに行ったコンクールの午後の部も、地区大会で聴いた清鹿学園や午前中に演奏した(いぬい)学園や鳴宝(めいほう)学院のような、ひたすら剛直な大きな音を出す演奏の学校が多かった。

 音程も正確でリズムも乱れがない演奏の学校が多いだけに、千鶴には奇妙に思えることがいくつか聴こえてくる。

(何だろう、ちゃんと音が揃ってるのに何か変に聴こえる……?)

 他にも千鶴にはおぼろげながら、見えてくることがあった。

(運動部で例えたら、練習のしかたを間違えてるみたいなことがあるのかなあ。陸上の長距離を走るのにベンチプレスをやる、みたいな?)

 いくつかの高校の演奏を聴きながら、千鶴は分からないなりにいくつかの疑問を抱きつつあった。


(続く)


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