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♯258

紫ヶ丘のコンクールの演奏を聴きながら、凛々子のことを思い浮かべてしまった千鶴と、コンクールの演奏を他の部員たちに称賛される未乃梨。

二人は、またすれ違って……?

 幼い子供たちが微笑ましく振る舞うような「キティ・ワルツ」が、その子供たちがはしゃぎ疲れて夢の中に誘われるように最後の和音を閉じて、紫ヶ丘(ゆかりがおか)高校の吹奏楽部の演奏が幕を閉じた。

 顧問の子安(こやす)の合図で席を立つと、未乃梨(みのり)はやっとのことでほっと一息つけたような、まだまだ吹きたりないような気持ちで客席からの拍手を受けた。

 半分ほどしか埋まっていない客席からは、叫び声や歓声の混ざらない、どこか響きが低く感じられる拍手が湧き上がって、一斉に大きくなっていく。

(……客席で聴いてくれた人は少ないけど、私たちはいつもの演奏をやれた、よね)

 フルートとパート譜を手に舞台上手へと退出しながら、未乃梨は以前に千鶴(ちづる)凛々子(りりこ)に家まで送ってもらった時のような、体温が上がるような昂りを身体の奥で受け止める。この日の演奏は、未乃梨が中学時代に経験したものとは方向性も違う上に、完成度もはるかに高い。

(……こんなに、指導の先生に言われるままじゃなくて、自分たちで演奏を作ったことってなかったかも。それに、今日の演奏は今までの本番で一番かもしれない)

 未乃梨は、その感想を誰かに早く聞きたくなった。自分たちの演奏の感想を一番聞きたいその相手の長身の少女は、ちょうど未乃梨とすれ違って舞台の撤収を手伝うところだった。

 千鶴は舞台から出る未乃梨を見つけて、いっとき小さな間を空けてから軽く手を上げた。

「……未乃梨、お疲れ様!」

「千鶴も。また後でね!」

「うん。後で」

 短く言葉を交わした千鶴は、屈託のなさそうな表情のまま、舞台のティンパニを搬出しに袖から出て行く。それを見送る未乃梨の肩に、アルトサックスを首から提げた高森(たかもり)が手を回してきた。

小阪(こさか)さん、やるじゃん! 凄かったよ!」

「え!? あ、ありがとうございます」

 戸惑う未乃梨に、フルートの二年生の仲谷(なかたに)も興奮した面持ちで早足で歩み寄ってくる。

「今日の小阪さん、隣で吹いてて凄いって思っちゃった! 来年もトップで吹いてもらわなきゃね!」

「そ、そうですか!? 来年も、よろしくお願いします」

 他の部員たちも、声を抑えて早足で舞台袖を出ながら、どこか興奮気味で話していた。

 高森に、銀色のユーフォニアムを抱えた植村(うえむら)が絡む。

「ま、今年は良い感じだよね? そもそも、子安先生が来て初めて県大会で吹いたんだしさ」

「まあね。でも、どうせなら今年は江崎(えざき)さんのベースと一緒に吹きたかったなあ」

(れい)、そいつは来年のお楽しみだよね。これから仙道(せんどう)さんにどんどん鍛えてもらうんだしさ」

 ぐったりとテューバを抱えた二年生の男子の新木(あらき)が、ふうっと息をつく。

「あー、今年は確かに弦バス欲しかったよなあ。初心者だし、無理はさせられないって先生の方針があるからしょうがないけど」

 植村や高森や新木の言葉に、未乃梨は途方もなく嬉しくなった。凛々子がどこかで関わってくることは未乃梨には引っかかるものの、それでも来年にコントラバスを手にした千鶴とコンクールで同じ舞台に立てることが、未乃梨にはとてつもなく楽しみになってくる。

 浮き足立つ部員たちに、フルートの三年生の高杉(たかすぎ)が釘を差す。

「はい、騒ぐのはバスに戻ってからね。まだ結果は出てないけど、感想会はお昼食べながらいっぱいしようか」

 そう微笑む高杉に、部員たちは急ぎ足でホールを出る。未乃梨も後に続きながら、自然と笑みがこぼれた。


 舞台の撤収を済ませて打楽器をトラックに積み込みながら、千鶴は遠い目でホールの入口近くを見た。そこには、紫ヶ丘のコンクールメンバーが記念撮影のために集まっている。

 舞台袖でセッティングや搬出の作業を一緒にやった初心者の一年生たちが、千鶴に声を掛けてきた。「スプリング・グリーン・マーチ」で袖から舞台を覗いていた、あの小柄な少女も一緒だった。

「江崎さん、うちら初心者組も一緒に撮るんだって! 行こ!」

「うん、すぐ行く」

 トラックのゲートから降りると、千鶴も他の一年生たちとコンクールメンバーの元に駆け寄る。その途中で、千鶴は他の部員には説明しがたい気持ちに襲われた。

(……私、今日は舞台袖で全然別のことを考えてて。しかも、未乃梨がフルートを吹いてるのを見ながら考えてたのは、凛々子さんのことで。コントラバスを弾きたい、って思って思い浮かべたのは、今入ってる吹奏楽部じゃなくて、凛々子さんのオーケストラで――)

 他の部員、特に未乃梨に対して、千鶴は後ろめたい思いすら感じざるを得なかった。記念撮影で、コンクールで演奏しなかった初心者の一年生はパートに関係なく両端に分かれたのは、千鶴にとってかえって救いだった。

 他のフルートのパート員たちと、銀色に光る楽器を手に、演奏の後で興奮しているのか顔をやや上気させた笑顔でいる未乃梨は、今の千鶴には正視できそうになかった。

(今日の未乃梨、あんなにキラキラしてるのに……ごめんね)

 千鶴は、カメラを向くふりをしながら、未乃梨から視線を外した。


(続く)

 

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