♯256
舞台袖から垣間見える紫ヶ丘高校の演奏と、他校との違いに付いて考えてしまう千鶴。そこには、今まで千鶴見てきた凛々子の演奏とも何か共通した部分もあって……?
舞台上手側の袖から、千鶴はコンクールメンバーの演奏を伺った。
紫ヶ丘高校の演奏は、二つ前の出番で同じ「スプリング・グリーン・マーチ」を課題曲に選んだ乾学園の演奏とはまるで違う、大きな音で塗りつぶすことは決してないいつもの演奏だった。
(ぱっと聴きで、紫ヶ丘より乾学園って学校の演奏の方が不自然に思えたけど、本当のところはどうなんだろう)
物音を立てないように千鶴は舞台の上が見える場所まで忍び足で足を進める。舞台袖と舞台を仕切る可動式の壁の隙間から、演奏が漏れ聴こえていた。
「スプリング・グリーン・マーチ」は中間部に入って、ちょうど未乃梨のフルートのソロに差し掛かるところだった。
舞台袖の仕切りの壁の隙間から細く見える未乃梨の挙動に、千鶴は見覚えがあるような気がした。ソロの吹き始めにやや大きく上半身を前後に振る動きを、千鶴は今までに確かに何度となく見ている。
(あれ、凛々子さんがヴァイオリンを弾きはじめるときの動作に何か似てる……?)
未乃梨のソロに、テューバとユーフォニアムの頭打ちと、ホルンとサックスの後打ちが絡んで淀みなく旋律が流れていく。
二年生の新木が一人で吹いているテューバの伴奏は、千鶴が連合演奏会でこのマーチの演奏に参加した時に弾いたピッツィカートの伴奏に似た、固くて短くまとまった音で、その後打ちにホルンとサックスの後打ちの和音が未乃梨のフルートのソロにフリルを縫い付けるように可愛らしく盛り上げていく。
花の色合いや配置が綺麗にまとまったブーケや、刺繍やレースやフリルで可愛らしく飾られたデザインのドレスを見ているのと似た印象を感じて、千鶴は「あれ?」と思わず声に出しそうになって、思い留まった。
(乾学園と違って、紫ヶ丘って人数が少なくて、大きい音を出すより音色とか吹き方を色々工夫して聴かせるスタイルなんだ。だから、未乃梨も無理矢理大きい音で吹いたりしてない、ってこと?)
未乃梨のフルートソロを、クラリネットとサックスとファゴットが寄せては返す花びらを巻き込んだ春のそよ風のように受け止めた。木管楽器の各奏者は、楽譜を見ずに互いにアイコンタクトを送り合っているような、明確な意思を持ってアンサンブルを組み立てている。
その様子を舞台袖から見て、千鶴は再び思い出すことがあった。
(そういえば、凛々子さんも、「あさがお園」とか、星の宮のオーケストラであんな風にヴァイオリンを弾いてたっけ。……私も、あんな風に、コントラバスを合奏で弾けなきゃいけないってことだよね)
千鶴は、今までの自分の演奏を思い返す。
(「あさがお園」で初めてやった本番も、連合演奏会でやった「スプリング・グリーン・マーチ」も、もっと周りを見ながら弾けてたら? 凛々子さんに引っ張ってもらうだけじゃなく、今まで以上に自分から進んで演奏を作れたら?)
いつしか、千鶴は自分でも気付かないうちに、右手をコントラバスの弓を持つ形にして、実際に演奏をするように小さく揺らしていた。
「スプリング・グリーン・マーチ」が主部に戻って、盛り上がる大詰めのコーダに入るあたりで千鶴は思わず舞台袖の仕切りから舞台を覗き込みそうになった。
他の初心者の一年生も、舞台の中を見ようと仕切りの壁近くに集まってくる。
そのうち一人の、短いポニーテールの髪で身長が未乃梨やサックスの高森より低い女子生徒が、千鶴に片手拝みを向ける。
「……江崎さん、ちょっと背伸びしてもらっていい? もうすぐペットの先輩たちのカッコいいところなの」
「……あ、どうぞ」
「……サンキュ」
その女子は背伸びした千鶴の顔の下から顔を出すように舞台を見た。
コーダでは、まずトロンボーンが、続いてホルンとトランペットが、という具合で金管楽器が順に音を重ねて、華やかに和音を積み上げていく。
その時に、音を吹き始めたパートから普段より楽器のベルを高めに構えて盛り上げていくのを、トランペットパートらしいその女子生徒が目を輝かせて見ていた。
周りの一年生たちと同じように、わくわくと盛り上がった気持ちで舞台袖から演奏を聴きながら、千鶴は再び思い当たったことがあった。
(あれ? 紫ヶ丘も、乾学園も、ここは同じようにとにかく大きな音を出す演奏だけど、何でこんなに違って聴こえるんだろう?)
紫ヶ丘高校の演奏は、「スプリング・グリーン・マーチ」でもっと盛り上がる最後の部分でさえ、ここまで県大会で演奏したどの学校よりも、音量でも、舞台に上がって演奏している人数でも劣っている。
(……そういえば、連合演奏会とか地区大会で演奏してた、付属高校もそんな演奏だったような?)
千鶴は、そっと舞台袖の壁から離れると、スカートのポケットに丸めて突っ込んでいるプログラムを取り出した。
(確か、付属高校も県大会に来てるはず……っと)
プログラムには、午後の部の真ん中辺りで付属高校が演奏する順番になっていた。自由曲の「六声のリチェルカーレ」というタイトルが、少し懐かしくすら感じられる。
(この学校の演奏がまた聴けるの、ちょっと楽しみかも)
千鶴がプログラムをしまう頃、半分ほどしか埋まっていないにしては大きな拍手が、客席から上がっていた。ほどなくして、自由曲の「ドリー組曲」が始まろうとしている。
(未乃梨、自由曲もソロとかいっぱいあるんだっけ。……来年は、一緒に演奏できるかな)
舞台を興味津々でのぞき込む他の初心者の一年生の後ろで、千鶴は舞台袖の仕切りの隙間から見えるコンクールメンバーの姿に思いを馳せた。
(続く)




