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♯25

凛々子からの演奏の誘いに興味を持った千鶴と、凛々子と千鶴が更に接近してしまうのではと不安になる未乃梨。

メッセージのやり取りの向こう側で動く、それぞれの思い。

 帰宅してから、夕飯と風呂を済ませたあとで、千鶴(ちづる)はすぐに凛々子(りりこ)にメッセージで返事をした。


 ――わかりました。明日、朝に吹部の個人練で未乃梨(みのり)に会うんで、伝えておきます。


 続いて、千鶴は未乃梨にもメッセージを送った。


 ――さっき、仙道(せんどう)先輩から連絡があって、よかったら私と未乃梨と仙道先輩とで学校外で一緒に演奏しないか、って。どう?


 未乃梨からの返信は意外に早かった。


 ――コンクールの練習あるし、曲と演奏をやる日次第かなぁ

 ――詳しいことは明日の放課後に、だって。仙道先輩のオーケストラの人も何人か来るんだってさ

 ――そうなんだ。ちょっと、考えとくね

 ――おっけー。それじゃ、また明日ね。お休み

 ――うん。お休み



 凛々子は、スマホに届いていた返信に目を落とした。

(朝にあのフルートの子と一緒に練習、か。……ちょっと、羨ましいかも)

 前にバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」を千鶴や未乃梨と合わせた時のことを思い出して、凛々子は未乃梨の初見への強さと、最後の和音で美しく揺らいで自分の音と溶け合うように混ざった、澄んだ音を思い返していた。

(あの対応力に最後のあの音、小阪(こさか)さんもやはり並のフルートではないわ。にしても)

 凛々子はもう一つ別のことも、思い出していた。弦楽器奏者ではない未乃梨に合わせるように、千鶴は小さく息を吸う動作をしていた。その時の微かに開く千鶴の唇を、凛々子は見逃せなかった。

(多分、小阪さんの真似をして出た行動でしょうけど……江崎(えざき)さん、あなたにそういうことをさせる相手がいるっていうことが、少しだけ妬けちゃうな)


 凛々子は、メッセージの返信をスマホに打ち込んだ。


 ――明日の放課後、またよろしくね


 そこまで書いてから、その短い字数の文面を三度ほど読み返してから、送信ボタンをタップした。

(朝、か。明日は、ちょっと早起きしてみようかしら)



 未乃梨は、千鶴とのメッセージのやり取りを見返して、ルームウェアの胸元を押さえた。手のひらに感じる鼓動が、少し強まっていた。

(千鶴が仙道先輩と、演奏……? それも、学校外で……!?) 

 凛々子の緩くウェーブが掛かった長い黒髪も、ヴァイオリンを弾く所作も、その千鶴のコントラバスと美しく絡み合う音も、未乃梨の脳裏にはしっかりと焼き付いていた。

(また、私の知らないところで、仙道先輩と……そんな……!)

 未乃梨は落ち着いてはいられなかった。千鶴とあの凛々子が、練習どころか一緒に演奏の場に誘われている、ということが、未乃梨を少しずつ、確実に揺さぶっていた。

(私じゃかなわない人が、また千鶴の側にいようとしているなんて……!)

 未乃梨は千鶴からのメッセージを読み返した。その演奏の場に未乃梨も誘われていると書かれていることが、まるで凛々子が未乃梨に何かを挑みかかっているような気すらして、未乃梨は更に落ち着かなくなるのだった。

(こんな、コンクールの練習も始まるのに、こんなに不安になるなんて…どうすればいいの)

 その夜は、未乃梨はしばらく眠れそうになかった。



 翌朝、千鶴は家を出る時にスマホに入ったメッセージの着信を見て目を丸くした


 ――千鶴、ごめん。ちょっと寝坊しちゃったから、先に音楽室に行ってて。一本あとの電車で行くから


(未乃梨が寝坊……どうしたんだろ)

 千鶴はスマホをポケット仕舞うと、母親に「行ってきます」と告げた。

 学校の最寄り駅を出て、校門を通ろうとした時、千鶴は聞き覚えのある声に呼び止められた。

「江崎さん、おはよう」

「仙道先輩。おはようございます。早い、ですね」

 千鶴は、スクールバッグとワインレッドのヴァイオリンケースを形から提げた凛々子の姿に驚いた。授業が始まる五十分は前に登校しているのは運動部か吹奏楽部が朝練で来るぐらいだろう。部活に所属していないはずの凛々子の姿をこの時間に見るのは意外に思われた。

「ちょっと、読みたい本があって、ね。小阪さんは一緒ではないの?」

「未乃梨、ちょっと寝坊したらしくって。一本あとの電車で来るらしいですけど」

「そう。じゃ、もうすぐ追いつくかしら」

「あの、先輩、メッセージで言ってたのって」

「それは放課後のお楽しみ、よ。ほら、音楽室に行ってらっしゃいな」

 凛々子は小さく手を上げると、昇降口へと去っていった。

 千鶴が音楽室について程なく、ぱたぱたと廊下を走ってくる音がした。

「千鶴、ごめん。遅れちゃって」

 息を切らしながら、未乃梨が走って音楽室に入ってきた。髪はハーフアップではなく、右側にいつものリボンで低くまとめたサイドテールだった。

「未乃梨、おはよう。その髪、どうしたの? 似合ってるけど」

「あ、ありがと。……もう、千鶴のせいなんだからね」

「え!?」

「何でもない! とにかく、今日寝癖ひどくて、こうでもしないとまとまらなかったのよ! 朝起きたら大変だったんだからね! ほら、始めるわよ! 時間ないんだから!」

「わ、分かったから詰め寄らないで? ね?」

 恥ずかしがったり、大きな声を出したりと忙しい未乃梨に気圧されて、千鶴はコントラバスを用意した。


(続く)



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