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♯245

危なげなくその日の合奏練習を乗り切った未乃梨は、千鶴と久しぶりに手をつないで帰り道につく。その胸の中で、未乃梨は……。

 合奏練習を終えると、未乃梨(みのり)はフルートを手にしたままぐったりと椅子の背もたれに身体を預けて、天井を仰いだ。

千鶴(ちづる)、いつの間に、あんな風に……?)

 休憩時間にのぞき見た、教室の机に腰掛けて、未乃梨が聴いたこともないような速いテンポでコントラバスの音階練習をしている千鶴(ちづる)の姿は未乃梨には小さな衝撃だった。

 一方で、その千鶴の伸びかけたストレートの黒髪やボタンを開けた制服のブラウスから見える黒いキャミソールの胸元も、千鶴に備わりつつある女の子らしさを否が応でも感じさせられて、未乃梨は戸惑わざるを得ない。

 隣の席で二番フルートを吹いていた二年生の仲谷(なかたに)が、未乃梨を労った。

「お疲れ様。今日の『ドリー組曲』、良かったよ。ですよね、高杉(たかすぎ)先輩?」

 仲谷に振られて、三番フルートの席に座るウルフカットの三年生が「うんうん」と頷く。

小阪(こさか)さんに一番を全部任せちゃって正解だったね。主役が小阪さんで、私らが中低域をしっかり固めちゃう感じで」

 高杉の言葉に、未乃梨は「いえ、ありがとうございます」と頭を下げつつ、内心では自分の演奏を反省せざるを得なかった。

(何だかんだで私、先輩たちに比べたらフルートで一番下の(ツェー)の辺りの音はちょっと苦手なんだよね……。フルートで低い音域ってどうしても鳴りにくいし)

 そこまで考えを巡らせつつ、掃除を終えたフルートを分解してケースに収めながら、未乃梨は急に思い出したことがあった。

(でも、そのフルートの一番下のCって、ピアノの鍵盤だったらちょうど真ん中で……千鶴が普段弾いてる弦バスはもっと低くて、その二オクターブ下とか、当たり前に弾いてて)

 その事実も、未乃梨には自分と千鶴がどこか遠く離れてしまっていることと何か関係づけられてしまいそうで、未乃梨には少し引っかかってしまう。

(何よ。凛々子(りりこ)さんのヴァイオリンだってフルートと大して音域が変わらないんだし、いくら同じ弦楽器同士だっていっても――)

「小阪さん、おーい」

 高杉の声が、とりとめなく考え込む未乃梨を急に現実に引き戻した。

「え!? あ、先輩、すみません!」

「慌てなくていいよ。それより、小阪さんのカノジョ、弦バス返しに来てるけど?」

 高杉が親指で音楽室の後ろの方にある倉庫の扉を指した。ケースに収まったコントラバスを抱えた千鶴がサックスの高森(たかもり)やユーフォの植村(うえむら)といった上級生たちと談笑している千鶴を見つけて、未乃梨は口ごもった。

「そ、その……カノジョ、だなんて……」

「あれ、違ったっけ? その割には江崎(えざき)さんが来ただけで元気になるみたいだけど」

 片目をつむる高杉に、未乃梨はそそくさと譜面台をたたむ。

「そ、それより音楽室を片付けなきゃ! 前は先輩たちに片付けを任せちゃいましたし!」

「……おやおや」

 高杉に苦笑されながら、未乃梨は座っていた椅子を早足で戻しにいった。


 千鶴は、急ぎ足で音楽室を片付けた未乃梨が音楽室の戸口にやってくるのを見て、「ごめん。急がせちゃった?」と頭を掻いた。

「私も、片付けを手伝えば良かったかな。コントラバス返すの、遅くなっちゃったし」

「ううん、気にしないで。基本、自分のパートの椅子と譜面台はパート員全員で片付けるのが原則だし」

 未乃梨はそう言いながら、千鶴の隣で歩いている。昨日よりは、少し距離が近い。

「コンクールの練習、お疲れ様。もうすぐ、県大会だね」

「……うん。中学の頃は県大会まで行ったの、一回しかなかったから、ちょっと楽しみなの」

 未乃梨は、はにかんだように前を向いていた。そのまま、未乃梨はためらうように千鶴に尋ねる。

「ねえ、千鶴。今日の個人練習、凄い速いテンポで弾いてたね?」

「あれ、聴こえてた? ちょっとずつ速くしてみたんだけど」

「うん。……バリトンサックスとか、トロンボーンみたいだった」

「私、部活の先輩たちみたいだった? なら、上出来かな。コントラバス始めて、まだ半年経ってないし」

 千鶴は自分のコントラバスの音を管楽器に例えられて、屈託なく笑った。

「……千鶴、本当に上手くなったよね。発表会で伴奏するの、楽しみ」

 言い淀みながら、未乃梨はやっと千鶴の顔を見上げる。

「千鶴。……手、つないでいい?」

「いいけど。……どうしたの?」

「その……最近、千鶴に突っかかっちゃったり、凛々子さんと言い合いになったり、私が千鶴にいきなり抱きついたりして、色々気まずくなっちゃったけど……また、手をつないでほしいなって」

「もう。気にしてないよ」

「……ありがと、千鶴」

 男の子より大きい千鶴の右手の中に、未乃梨の小さな手がするりと収まる。久しぶりに未乃梨と手をつないで、千鶴は少し気恥ずかしいような気持ちで未乃梨に歩調を合わせた。

「未乃梨、なんだか嬉しそうだね?」

「当たり前でしょ。カノジョになりたいって思ってる相手と、手をつないでるんだから」

 未乃梨も、はにかんだように笑う。二人はそのまま、校門を出て最寄り駅の改札を通った。


 未乃梨は手を引かれながら、そっと千鶴が自分を見ていない隙にその横顔を見上げた。

(コンクールの県大会のあとで、もう一回ちゃんと千鶴に好きだって伝えよう。キスしたいなんて前に言っちゃったけど、その前に、ちゃんと、何度でも、千鶴に自分の気持ちを伝えなきゃ)


(続く)




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