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♯240

基礎練習の途中で、手本になりそうな弦楽器の演奏者として、以前星の宮ユースオーケストラの演奏会で出会った本条のことを思い出す千鶴。

一方で、未乃梨はいつもと違う流れが生まれた合奏練習に戸惑いを隠せず……?

本条(ほんじょう)先生、どんな風にコントラバスを弾いてたっけ……?)

 千鶴(ちづる)はコントラバスを身体に立て掛けたまま、ぼんやりと一学期に未乃梨(みのり)と聴きに行った星の宮ユースオーケストラの演奏会を思い出そうとした。

(本条先生、優しそうで、頼もしそうでもあって。あの弦が五本張ってあるコントラバスを、すごく楽そうに弾いてて……)

 記憶の中にある本条の姿を思い出しながら、千鶴はコントラバスを構え直した。あの少しウェーブの掛かった肩に届くほどの長さの髪の、千鶴の倍ほどの年齢の女性が弾くコントラバスが、千鶴とどう違うかは想像もつかない。

(待てよ? オーケストラで、コントラバスの人たちって立って弾いてなかったような……? うーん?)

 千鶴は、コントラバスを身体に立て掛けたまま考え込んだ。考え込みながら、視界の端に入った空き教室に置いてある机に、千鶴の目が留まる。

(オーケストラで本条先生とか波多野(はたの)さんとかが座ってたあの椅子って、もしかして……)

 千鶴は何かを思い付くと、コントラバスを床に寝かせて、弓を置いた。


 未乃梨(みのり)は、他の木管パートの大部分と同じように、戸惑いながら立って「スプリング・グリーン・マーチ」の合奏に入った。

 課題曲ということもあって、「スプリング・グリーン・マーチ」の譜面はとっくに未乃梨の頭に入っている、はずだった。

 立ってフルートを吹くことは、未乃梨に限らずほとんどの吹奏楽部員にとって珍しいことではない。それでも、いつも座るのが当たり前の合奏練習を、立って行うのは普段と違うことをさせられる戸惑いがあった。

(あれ!? 立って吹くと、子安(こやす)先生の指揮と楽譜の書き込みが一緒に見えない……!?)

 未乃梨は子安の指揮を見つつ、せめて周りを聴きながら合奏について行こうとした。

「グリーン・スプリング・マーチ」の前奏で現れるトランペットとホルンのファンファーレすら、未乃梨には普段と違って聴こえてくる。未乃梨は目だけを動かしてトランペットやホルンのパートを吹いている部員を見て、自分のパートの入りを間違えそうになるくらい驚いた。

(トランペットとホルンの人たち、いつもと違うことをしてる……?)

 先ほど子安に質問を投げかけたトランペットの女子の上級生が、ホルンパートを向いて少し大袈裟にブレスの合図をしていた。そのままトランペットパートは全員が普段より楽器のベルを高めに上げてファンファーレを吹いている。

 いつもより活気付いたファンファーレの前奏に続いて、今度はクラリネットからフルート、フルートからサックス、サックスからオーボエと木管楽器の間で主旋律を受け渡していく箇所だった。最初に主旋律を受け持つクラリネットが、前奏のトランペットに驚いたように進み出る。

 何とか主旋律を吹ききったクラリネットパートを、今度は未乃梨たちのフルートパートが引き継いだ。伴奏についている中低音の楽器を聴きながら、未乃梨は子安の指揮に合わせて何とかフルートパートを引っ張る。ふと、未乃梨の視界にユーフォニアムやテューバの近くで誰かがやや大きめに上半身を振るのが見えた。

 上半身を動かしていたのは高森(たかもり)だった。高森にならうように、他のサックスパートがフルートから闊達に小気味よく主旋律を引き継いでいく。それを見て、未乃梨たちフルートパートの近くで立っているオーボエパートが危なげなく、普段よりなめらかなレガートを存分に利かせて主旋律を歌う。

 高森ほかのサックスパートが主旋律を引き継いでから、明らかに「スプリング・グリーン・マーチ」の流れが変わっていた。元々元気よく吹く傾向のあったトランペットやホルンはともかく、高森の動きを皮切りにまずはサックスが、続いてオーボエが能動的に演奏の流れを作ろうとしていた。

(あれ……? 私たち、木管全員が高森先輩に引っ張られてる……?)

 未乃梨がそう気付いた頃には、「スプリング・グリーン・マーチ」は最後の和音にたどりついていた。

 子安は指揮棒を止めると、立って演奏していた高音の木管楽器パートを座らせた。

「皆さん、ありがとうございます。まずは、全員がミスせずに吹けたこと、これは良かったことです。で、更に良くするヒントがありましたね?」

 意図の見えない子安の問い掛けに、先ほどまで立って吹いていたクラリネットとフルートのパートが未乃梨を含めてどよめいた。それを、高森の声が止めた。

「みんな、もっと好き勝手吹いても良くない? この曲、もう何回も吹いてるんだしさ」

 高森に続いて、オーボエパートの外はねしたボブの髪の少女がうなずく。

「あたしも高森に賛成かな。好き勝手っていうか、先生の指揮に合わせた範囲でもっと自分のやりたいように吹いてもいいと思うけどな」

 未乃梨の隣で、二番フルートの席に座る仲谷(なかたに)が小声で頷いた。

「オーボエの浦野(うらの)先輩の言う通りかなあ。私らフルートも、もっと周りを引っ張ってもいいかもねえ」

(周りを引っ張る? 一体、どうやって……?)

 未乃梨はフルートを膝に持って座ったまま、途方に暮れて意見を言い合う他の部員を見ていることしかできなかった。


(続く)

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