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♯235

部活が盆休みの期間に入って、悩みを引きずる未乃梨。一方で、千鶴は凛々子からのメッセージを読みながら、まだ遠いはずの将来のことをぼんやり考えて……。

 吹奏楽部の練習が盆休みに入ってから、未乃梨(みのり)は家でついつい溜め息が出ることが多かった。

 原因は未乃梨にもはっきりしていた。

 盆休みに入る前にぎくしゃくしてしまった千鶴(ちづる)とは、結局話す時間が明らかに減ってしまっている。部活の練習で千鶴と同じ電車に一緒に乗って登下校することは今まで通りにしていても、未乃梨から千鶴と手をつなぐことも、千鶴と腕を組むこともほとんどなくなってしまっている。

 ここ最近で唯一未乃梨が千鶴に触れたのは、駅で千鶴から妙な楽譜の読み方を相談された日の帰り道に、千鶴に抱き着いたことぐらいだった。その時の千鶴の身体の感触を、未乃梨はありありと覚えている。

(千鶴も、やっぱり女の子なんだよね。何だか中学生の頃より、身体がしなやかになったっていうか、柔らかくなったような……)

 その一方で、未乃梨には淋しさと不安がないまぜになった思いも生まれていた。未乃梨が抱き着いたとき、千鶴は明らかに戸惑ったように両手を浮かせて未乃梨を抱き止めようとはしなかった。

(いつもだったら、千鶴は私を抱き止めてくれたのに……千鶴、もう私だけを見てはくれないのかな)

 そんなとりとめのないことを、寝る前になると未乃梨は必ず思い出してしまう。思考の堂々巡りの原因もまた、はっきりしていた。

(千鶴、やっぱり私より凛々子さんと一緒にいたいの? 私じゃダメなの? 弦バスとヴァイオリンで同じ弦楽器同士だから? 凛々子さんが優しくて綺麗な人だから? 髪を伸ばし始めたのも、もしかして凛々子さんの真似がしたいからなの?)

 そんなことを考えては、未乃梨は寝付けない夜を過ごした。

 そんな中でも、未乃梨は時間を見つけてはフルートを吹いたり、自宅のピアノに向かう時間があればコンクールで演奏する「ドリー組曲」を弾いた。

 フルートもピアノも、未乃梨は千鶴のことで思い悩んでいる割には音が乱れることはなかった。未乃梨の祖父母や親戚が家に遊びに来たときなどは、「何か聴かせてちょうだい」という祖母のリクエストに応えて「ドリー組曲」の「子守唄」を弾いたこともあった。

 祖母は未乃梨がピアノで弾いた「子守唄」を聴いて、顔をほころばせた。

「素敵な曲ね? しかも『子守唄』だなんて。未乃梨ちゃん、素敵なお母さんになりそうね」

「おばあちゃん、ありがとう。私がお母さん、かあ」

「素敵なお婿さんが見つかるといいわね。それまで私もおじいさんも長生きしなきゃね?」

 祖母の言葉に、未乃梨の両親も、親戚たちも笑った。未乃梨も周りにつられて笑ってしまった。笑いながら、未乃梨は心の奥でぼんやりと笑っていない自分がいるのを感じていた。

(もし、千鶴が男の子だったら、おばあちゃんにも紹介できたのかな。……好きな相手が私と同じ女の子だって言ったら、やっぱりおばあちゃんをびっくりさせちゃうよね。でも、私の好きな人は、私のお婿さんになれないんだ)

 笑顔を装う未乃梨の心の奥に、整理のつかない思いが、ゆっくりと積もっていった。



 盆休みの間、千鶴は思いがけない相手からメッセージを受け取った。

 中学時代の同級生や高校のクラスメイトとのメッセージのやり取りの中に紛れて、画像が添付されたメッセージが届いている。差出人は、凛々子からだった。


 ――千鶴さん、夏休みは楽しめているかしら? 私は父の実家に旅行に来ているわ


 添付されている画像には、どこかの海辺で夏物の水色のワンピースを着てつばの大きい麦わら帽子を被った凛々子が写っている。その奥では、凛々子のいとこらしい小学生ぐらいの子供が砂浜を掘ったり、こちらを向いてピースサインを送ったりしている。

(凛々子さん、家族旅行に行ってるんだ。いいなあ)

 千鶴はというと、両親の実家が車で一時間もかからないほど近いこともあって、盆の墓参りは毎年さっさと済ませてしまうのだった。結果、盆の時期は千鶴は暇を持て余してしまい、それならと毎年夏休みの課題はこの時期にほとんど片付けてしまっていた。

 凛々子から送ってきた画像を見て、千鶴はふと思い出すことがあった。

(凛々子さん、せっかく買った水着、持ってかなかったのかな)


 ――凛々子さん、海では泳がないんですか?

 ――それも考えたけど、クラゲが出る時期になっちゃうから止めておいたわ。私の水着、見たかった?


 凛々子のいたずらっぽい声が聞こえてきそうな返信に、千鶴は顔が熱くなる。


 ――そういう訳じゃなくて、せっかく水着を買いに行ったのにもったいないかな、って

 ――それは再来年以降のお楽しみ、かしら。私は来年は受験だしね。来年の春の星の宮ユースの演奏会が、高校最後の本番になるわね


「受験」の二文字に、千鶴はメッセージの返信を打つ手を止めた。

(来年の今頃になったら、進路とかそろそろ考えなきゃいけないんだっけ……私、来年はどうしてるんだろ)


 ――凛々子さん、どこか受けたい大学とかあるんですか?

 ――今のところ、向井野(むかいの)音大を受けるつもりよ。真琴(まこと)も多分受けるんじゃないかしら


 プールで出会った、あの色味の明るいストレートの長い髪の真琴を思い出して、千鶴は「凄いなぁ」と漏らした。以前にメッセージに添付してきた真琴がヴァイオリンを弾く動画は、彼女も音楽大学を受けるという話に説得力を持たせていた。

(進路、か。高校受験が終わったばっかりだと思ったら、もう次を考えなきゃいけないのかなあ。でも、高校一年生ももう半分終わっちゃうんだよね)

 思っていたよりずっと速そうな時間の流れに、千鶴は家の外でまだまだ鳴いている蝉の声を聞きながら、「うーん」とゆっくり伸びをした。


(続く)

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