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♯231

休養も挟んだ中学時代より遥かに少ない練習時間で演奏をまとめていく顧問の子安の指導に驚きつつ、そのきっかけとなったことも気になる未乃梨。

千鶴のこと以外にも、未乃梨には気にかかることがいっぱいで……。

 合奏練習の終わり際に、顧問の子安(こやす)からコンクールメンバーに向けて、今後の練習について説明があった。

「まもなく練習は四日間のお盆休みに入りますが、その後はコンクール直前の二日間を除いて今まで通り、平日と土曜日午前中のみの練習です。今年の『ドリー組曲』は特に一年生は慣れないスタイルの演奏で戸惑うこともあったでしょうが、お盆の間はしっかり休んで疲れを取って置いて下さい」

「子安先生、お盆休み中に学校の楽器を借り出しはしてもいいですか?」

 トランペットパートから上がった質問に、子安は「難しいところなのですが」と前置きをした。

「楽器類の借り出しですが、金管のマウスピースや打楽器のスティックのような楽器の一部のみとします。不安に思う人は、楽器がなくてもできる練習、例えば楽譜を見ながら音源を聴いてみるとか、演奏しづらいフレーズを歌ってみるだとか、そういうことを試してみてください。それでは、今日はここまでとします」

 子安の言葉に、一年生を中心にどよめきが広まっていく。

 未乃梨(みのり)も、子安の話に戸惑った一年生のひとりだった。

(中学の部活と全然違う……コンクール前の練習なのに、こんなに練習時間が少ないなんて)

 隣の二番フルートの席に座る二年生の仲谷(なかたに)が、驚いた様子の未乃梨の顔を面白そうに眺める。

小阪(こさか)さん、子安先生の指導、普通じゃないの知ってるでしょ?」

「そのつもりですけど……まさか、休みもあって練習時間もほとんどいつも通りだなんて、思わなくて」

「練習期間が短くて、不安?」

 フルートを分解し始めた仲谷に問われて、未乃梨は少し困ったような顔をした。

「中学の頃は、コンクール前なんか朝から夜まで練習するのが当たり前だったから……」

 未乃梨はパート譜を仕舞いながら、当時のことを思い出して、少しだけ頬が熱くなった。中学時代に、吹奏楽部の練習で帰宅が遅くなった未乃梨を家まで送ってくれたのが、千鶴(ちづる)だった。

 そして、未乃梨はもう一つのことに思い当たってもいた。

(子安先生の教え方、何だか不思議かも。夏休みの午前中だけの練習で、どんどんみんなの演奏を綺麗にまとめていくんだもの)

 思えば子安は、未乃梨の中学時代より遥かに短い練習時間で、部員たちの演奏を良い方向へと変えていっているのだった。

 思えば、以前の合奏で乱暴なテューバを吹いていた蘇我(そが)ですら、ここ最近はユーフォニアムや木管の低音といった、他の音域の近い楽器と綺麗に混ざる落ち着きのある音になりつつある。

 演奏が変わったのは未乃梨も同じで、「ドリー組曲」でいっときはフルートの高音域が攻撃的な尖った音に傾いていたのが、今では軽やかで柔らかく響く音色に変わっているのだった。

 未乃梨は、改めて隣の仲谷の顔を見返す。

「高校の部活で、こんな風に短い練習時間で演奏を変えられるのが、ちょっと不思議かも」

「子安先生、部員に無理させてまで吹かせないスタンスだもんね。そういうのが、気に入らない人たちもいるみたいだけど」

「え?」

「ま、そういう人たちはみんな部活を辞めちゃったわよ。鬼の子安の下で吹きたかったのに、って捨て台詞まで残して、ね」

 フルートを仕舞い終えて譜面台をたたみ始めた仲谷が、テューバの方を見た。昨日より演奏に進歩のあった蘇我のベリーショートの頭を、トロンボーンやファゴットの女子の同級生が囲んで順番に撫で回している。

 未乃梨は、ケースに仕舞い終えたフルートとたたんだ譜面台を手に立ち上がると、子安が下りた指揮台を見た。

(「鬼の子安」じゃなくなった理由……子安先生、何があったんだろう)

 そろそろ、音楽室にコンクールに出ない初心者の一年生が戻って来ていた。ケースに収まったコントラバスを抱えた千鶴も、音楽室の戸口に来ている。

 仲谷は未乃梨の肩をつつくと、未乃梨の耳元で声をひそめた。

江崎(えざき)さんと、話したいでしょ? 自分の片付けが済んだら、一緒に帰ったら?」

「え、そんな……」

「遠慮しなさんな。合奏の片付けなんて、これだけ人数がいたらすぐ終わるんだし」

 仲谷に背中を押されるように、未乃梨はコントラバスを片付けてきた千鶴の側に歩み寄る。

「千鶴、帰ろっか」

「……うん」

 遠慮がちに頷いてから、千鶴はあらかた片付けが終わりつつある音楽室に向かって「お先に失礼します」と声を掛けると、未乃梨と二人で音楽室を辞していく。その様子を見ながら、サックスのケースを担いだ高森(たかもり)が、仲谷の脇腹を肘で小突いた。

「いいアシストするじゃん?」

「んー、今朝の江崎さん、アレは惚れるの分かるわ。私が男の子だったら告ってたかも」

 椅子を片付け終えた仲谷が、高森にくすりと笑う。

「江崎さんと小阪(こさか)さん、くっ付くと思う?」

「どうかな。噂だと江崎さんの個人練習を見てあげてる二年生がいるって話だし?」

 仲谷は微笑しながら高森に付け足した。

「ま、フルートの二年としては、うちの後輩があんな長身美人に育ちつつある女の子と仲良くなるもアリかな、って思うけど」


(続く)

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