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♯229

一夜明けて、織田と相談したことを思い返しつつ、部活に向かう途中に駅で千鶴を待つ未乃梨。

その千鶴は、いつの間にか未乃梨の気付きづらいところで変化していて……。

 翌朝、未乃梨(みのり)はいつもの練習より少しだけ早い時間に家を出ると、朝から強い夏の陽射しを避けて駅のホームで千鶴(ちづる)を待った。

(駅でちょっとだけ待ってみよう。今日は、千鶴と話せたらいいな)

 待ちながら、未乃梨は千鶴から返事を受け取る前にやり取りをしていた、織田(おりた)とのメッセージに目を落とす。


 ――瑠衣(るい)さん、いきなりメッセしてごめんなさい。ちょっと、千鶴のことで相談をしてもいいでしょうか

 ――どうしたの? 千鶴ちゃんと、何かあったの?

 ――一昨日、千鶴とちょっと突っかかっちゃって。千鶴に弦バスを教えてるヴァイオリンの先輩がいるんですけど、その人と千鶴が結構仲が良くて、私がそのことで千鶴に当たってしまって

 ――それは大変だったね。その後で千鶴ちゃんとは話せた?

 ――昨日、部活の後でちゃんと千鶴には謝りました。ただ、その時に千鶴と一緒にそのヴァイオリンの先輩もいて、その先輩も千鶴のことが好きだって分かって、その先輩と千鶴の前で言い争いになっちゃって

 ――今度こそ、千鶴ちゃんにきちんと謝らなきゃ、ね。千鶴ちゃんの様子はどうだったの?

 ――私とその先輩が言い争ってるのを見るのが辛いって、ちょっと泣き出しちゃって。昨日はそのまま別れて、今日は部活でもほとんど顔を合わせてなくて

 ――千鶴ちゃんらしいよね。あの子、優しいしそういうのは辛いだろうし。でも、千鶴ちゃんが未乃梨ちゃんとその先輩が言い争うのが辛い、って言ってるんなら、未乃梨ちゃんが落ち着いてから千鶴ちゃんを心配させないようにしてあげたらいいんじゃないかな

 ――ですよね。千鶴を不安にさせちゃったら、どうしようもないですし

 ――その上で、未乃梨ちゃんが千鶴ちゃんとどういう関係になりたいかははっきりさせておいてもいいかも


(千鶴を心配させないように、そして千鶴とどういう関係になりたいか……)

 未乃梨は、その後で千鶴から届いた返信を読み返す。


 ――返事、遅れてごめんね。未乃梨も、気にしないで。コンクールの県大会、もうすぐだしそっちも練習頑張って


 どこまでも未乃梨を気遣う千鶴が未乃梨には嬉しくもあり、千鶴に余計な気遣いをさせてしまったように思えて辛くもあった。

(その後で、私、メッセージで「千鶴のカノジョになるの、諦めてないから」って言っちゃったんだよね……)

 そのことは、未乃梨が朝になって思い返してみて、失敗してしまったと思わざるを得ないことだった。

(私、千鶴のこと考えないで、自分の思ってることばっかり言っちゃってる……)

 未乃梨はスマホの画面から顔を上げて駅のホームを見回した。今日も暑くなりそうで、熱を帯び始めた朝の空気が真夏に特有の焼け付くような風に変わろうとしている。

 ふと、未乃梨はホームに上がってくる階段に、見覚えのある人影を見つけた。紫ヶ丘(ゆかりがおか)高校の半袖の白いブラウスにグレーのスカートを身に着けた、その並みの男子よりずっと高い身長の少女は未乃梨がこのところずっと気にかけていた、千鶴その人だった。

 未乃梨は、考えるより先に千鶴に向けててを振った。中学の頃から当たり前にお互いを見つけた時の動作が、自然と出る。千鶴も未乃梨に気付いたらしく、少し遅れて軽く右手を上げる。

「未乃梨、おはよう」

「……千鶴、おはよ。って、あれ?」

 ホームの階段を上がってきた千鶴に、未乃梨は違和感を感じずにはいられなかった。伸びかけてそろそろ肩に届きそうな、千鶴のストレートの真っ黒な髪が、駅の中を渡っていく夏の風にひらりとなびいている。

 よく見ると、千鶴は髪をリボンやヘアゴムで結んだり、ヘアピンで留めたりしていなかった。

「あれ? 千鶴、今日はノーセットなの?」

 未乃梨は思わず、ここ数日のこととはまるで関係のないことを千鶴に尋ねてしまった。意外にも、千鶴は以前のように未乃梨に応えてくれた。

「ああ、今日はちょっと寝坊しちゃってさ。寝癖とかついてなかったし、髪はなんにもしなくていいや、って思って」

 少し照れくさそうに笑ってみせる千鶴は、今までの千鶴と全く変わるところがない。ただ、中学の頃や高校に入学したての頃より明らかに長くなった千鶴の黒いストレートの髪が、未乃梨には引っ掛かった。

「ねえ、千鶴。髪、やっぱり伸ばすの?」

「まだちょっと迷ってるけど、長いのも悪くないかもって思ってて。小さい頃から高校に入るまで短くしてたし」

 千鶴は、風に煽られるまとめていないサイドの髪に手をやった。ストレートの真っ黒な髪が、熱い空気にはためいて煌めくような光沢を見せてくる。

「……そう、なんだ」

 未乃梨はその千鶴の髪に見入りそうになりながら、割り切れない気持ちが自分の奥にあるのことに改めて気付いた。

(千鶴、高校に入って、私と同じ部活に入ってから変わっていってる気がする……もう、優しくてカッコいい私だけの千鶴じゃないの?)

 その千鶴の伸びた黒髪は、未乃梨にとってある意味で一番思い出したくない人物を思わせた。

(千鶴、もしかして私より長く、ロングにしちゃうのかな。……それも、凛々子(りりこ)さんみたいに?)


(続く)

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