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♯227

千鶴とのことを考えあぐねて、とある人物に相談を持ちかける未乃梨。

一方で、植村にお好み焼き屋に連れてこられた千鶴は……。

 空になったミルクティーのペットボトルをホームのゴミ箱に捨てると、未乃梨(みのり)は自宅の最寄り駅改札を出た。

(今日は、千鶴(ちづる)と話せなかったな)

 ぼんやりと足を運びながら、未乃梨はスマホのメッセージアプリの受信フォルダを見返す。


 ――千鶴、昨日と今日、いやな気分にさせてごめんなさい。発表会の練習、頑張ってね


 昨晩に千鶴に送ったそのメッセージには、既読のマークが付いただけで返信はまだない。未乃梨は小さく溜め息を漏らした。

(……千鶴も、困っちゃうよね。凛々子さんとあんなに言い合ってるところを見て、涙が出るくらい嫌な思いをさせて)

 家までの昼下がりの道を歩きながら、未乃梨はぼんやりと考えを巡らせた。

(こういう時、相談できそうなのって……)

 スマホを見ながら、未乃梨は陽射しを避けて建物や街路樹の陰を渡るように歩いた。日陰に入っては立ち止まって他の歩行者を避けながら、未乃梨はメッセージの受信フォルダをあてもなく見て回る。不意に、「織田瑠衣(おりたるい)」という名前が未乃梨の視界に入ってきた。

(そういえば、桃花(とうか)高校でも女の子同士で付き合ってる子がいるって、瑠衣さん言ってたっけ。……相談、乗ってくれるかな)

 未乃梨は織田とのやり取りを読み返しながら、今までの彼女の姿を思い出した。

 連合演奏会でジャズのビッグバンド編成の中でひたすらギターで必要最低限のコードを小気味良く掻き鳴らしていた様子や、プールに行った時の恥ずかしげもなく星の模様が入ったスポーティな紺色のセパレートの水着に身を包んだ姿は、あまりに未乃梨とは何もかもが違うところで行きているような印象がある。

 それだけに、未乃梨は織田になら何故か何でも話せてしまえそうな、不思議に信頼できる何かがあった。

(瑠衣さんなら、千鶴とのこと、相談しても大丈夫、なのかな)

 未乃梨は街路樹の陰で立ち止まると、メッセージアプリに表示されている「織田瑠衣」の名前をもう一度見た。ワンレングスボブの髪の、セーラージャケットの制服に身を包んだ気さくそうな笑顔が未乃梨の中に浮かぶ。

 意を決して、未乃梨はメッセージを打ち始めた。


 ――瑠衣さん、いきなりメッセしてごめんなさい。ちょっと、千鶴のことで相談をしてもいいでしょうか


 何度も書き直した短いメッセージを送ると、未乃梨はゆっくりと深呼吸をした。

(もし、瑠衣さんが相談に乗ってくれたら……何から話そうかな)

 自分の胸の内が意外とあやふやで整理のついていないことに気付いて、未乃梨は眉をしかめそうになりつつ、街路樹の陰から踏み出していった。

(まず、私が千鶴を好きで、千鶴のカノジョになりたいってこと。その千鶴から、私と同じように返事を待ってもらってる凛々子(りりこ)さんのこと……)

 焼け付くような陽射しを気にも留めず、未乃梨はやや早足で歩いた。家までもう少しの間、日陰がない通りがあるのを思い出して、未乃梨の足取りは速まっていった。



「はいお待ちどうさま。こっちのお嬢ちゃんが豚キムチ玉で、そっちのでっかいお嬢ちゃんが牛すじ玉の定食ね。ごゆっくり」

 店員が火を入れた鉄板に置いたお好み焼き二枚と、自分の側に出された白飯と味噌汁に、千鶴は目を丸くした。

「わぁ、美味しそう」

「お嬢ちゃんたち、部活帰りでしょ? 両方のお肉と定食頼んだ子のご飯、サービスしといたからね」

「おばちゃん、ありがとー。いっただっきまーす」

 早速コテを手に取って豚キムチの入ったお好み焼きを切りながら、植村(うえむら)が白い歯を見せて笑う。

江崎(えざき)さん、良かったね? ここの牛すじ玉はご飯進むんだよねえ。あ、あたしのも豚肉多めだわ。やった」

「あ、それじゃ私も頂きます。……ちょっとお行儀が悪いけど」

 千鶴は牛すじと刻んだ青ネギがたっぷりと入ったお好み焼きを切り取ると、取り皿に置かずにそのまま盛りの大きい白米の茶碗に乗せた。タレの絡んだ牛すじとネギを粒立ちのいい白飯と一緒に口に運んでから、千鶴はもう一度目を丸くした。

「あ、ここの牛すじ、トロトロで美味しいです」

「でしょ? この店、学生はご飯おかわり自由だからね」

 植村は満足そうに口角を上げてから、自分の取り皿に取った豚キムチ玉を口に運ぶ。鮮やかな赤い唐辛子が見えるわりには、匂いからしてさほど辛くはなさそうだ。

「そうそう、江崎さん、最近発表会の練習はどう? 『オンブラ・マイ・フ』の他に何かやるんだっけ?」

 きのこと白菜がたっぷり入った妙に色の濃い味噌汁を啜ってから、千鶴が口を開いた。

「ヴィヴァルディの『調和の霊感』って曲と、チャイコフスキーのワルツを合奏でやるんですけど……あ、そうだ」

 千鶴は、ふと思い出したことがあった。

「ヴィヴァルディで、ちょっと変に思ったことがあって」

「ふむ? 変なことって?」

「全然違う音から始まるそっくりなフレーズがあるんですけど」

「ふむふむ?」

 「(アー)から始まるやつと(デー)から始まるやつで、両方ともラの音から始まってるように聴こえる、っていうか」

「ほうほう?」

 植村は、自分の取り皿の唐辛子や炒めた玉ねぎが絡んだ豚肉をつまみ上げる手を止めて、千鶴の顔を興味深そうに見た。


(続く)

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