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♯215

昨日の千鶴との一件を引きずってか、合奏練習でもどうにもいつもと違う形で演奏してしまう未乃梨。

一方で、千鶴は個人練習の合間に凛々子と先日のプールの話題に花を咲かせて……?

 音楽室での合奏が休憩に入って、未乃梨(みのり)は持ってきていたペットボトルの水をひと口飲んだ。

 合奏練習でやったコンクールの課題曲の「スプリング・グリーン・マーチ」は、未乃梨は特に問題もなく演奏できた、はずだった。その未乃梨の演奏に、顧問の子安(こやす)から指摘があった。

「今の前奏のあとのフルートですが、思い切りよく吹いて他のパートに受け渡せたのは良いと思います。アタックの付け方も少々変わったようですが、悪くありませんね」

 未乃梨はその子安の言葉を、襟元からすっと冷えた空気が入るような気持ちで聞いた。

(ダメとは言われてないし、むしろ褒められてるけど……やっぱり、今日の私の音、ちょっと変わっちゃってる……?)

 思い返せば、今日の未乃梨のフルートは少しばかりアタックを強めに吹いてしまっていることに自分でも気付いていた。それは高い音域になるほど顕著で、目立ちやすい主旋律が自分に回ってくるところでは明らかにいつもより尖った音で吹いてしまっている。

 未乃梨は、フルート置いて音楽室を出ると、すぐ近くの手洗いに入って鏡で唇の形を確かめた。フルートのリッププレートに付けているつもりで唇の形を作ってみて、未乃梨は怪訝な顔を思わずしてしまう。

(あれ……? 私、こんなに力んで吹いてたっけ?)

 手洗いの鏡に映る未乃梨の唇は、口角がいつもより左右に引っ張られているような、やや偏平な形になってしまっている。唇か顎か、または首周りのどこかで余計な力みがあることは明白だった。

(やっぱり、昨日の帰りの千鶴(ちづる)とのこと、引きずっちゃってる……? どうして?)

 未乃梨は手洗いの鏡の前で、しばらく立ち尽くした。


 空き教室で、千鶴はコントラバスを寝かせるとゆっくりと両腕や背筋を伸ばした。

「うーん、っと」

 凛々子(りりこ)に出されたハ長調のスケールの課題は、とりあえず今日のゆっくりとしたテンポでは合格、ということで千鶴はほっと安堵したのだった。

「ちゃんとした音程としっかり響いた音で、少しずつで良いから速いテンポで弾けるようにしていきましょうね。じゃ、休憩にしましょうか」

 ヴァイオリンと弓を蓋を開けたケースに置くと、凛々子は空き教室の適当な机に腰掛けた。

 制服のブラウスの前をすっかり開けて下に着ているキャミソールを出し、臍の前でブラウスの裾を結ぶというやや大胆な着崩しが、千鶴には少し目のやり場に困る気がした。

 凛々子は千鶴の様子を気にもせず、腰掛けた机の上で軽く脚を組んだ。

「そういえば千鶴さん、プール楽しかった? 吹部のみなさんと行ってきたんだっけ?」

「あ、はい。選んでもらった水着も評判良くて」

 少し恥ずかしそうに話す千鶴に、凛々子はどこか自慢げに微笑してみせる。

「選んだのは私ですもの。未乃梨さんは何か言ってた?」

 千鶴は少しだけぎくりと背筋を震わせた。昨日の帰りに未乃梨が千鶴に突っかかってきた時に、未乃梨は今目の前にいる凛々子とのことを疑うような言葉を投げつけられたばかりだった。

「未乃梨は、その、『私だって負けてないんだから』って、妙に気合い入った水着を着てて……」

「あら。未乃梨さんも、楽しんでたようね? ちゃんとエスコートできた?」

 いたずらっぽく笑う凛々子の視線に、千鶴は何故かしどろもどろになっていく。

「その、それはいつも通りっていうか、あの」

 千鶴は、プールでも水着姿でいつものように腕を組んできたり抱き着いたりしてくる未乃梨を思い出して赤面してしまっていた。

 凛々子は千鶴のその表情を見ながら、面白そうに笑って更に問い詰めた。

「あら、未乃梨さんの水着とか、思い出しちゃった?」

「いえ、あの、そういうことではなくて」

「そういえば、プールで画像とか撮ったの?」

「あ、はい。みんなで撮ったのばっかりですけど」

「まあ。見てみたいわ?」

 凛々子に言われるまま、千鶴はスマホの画像を見せた。

「千鶴さん、やっぱりあの水色の水着、可愛いく似合ってるわね。未乃梨さんのピンクの水着も大胆だし……あら?」

 千鶴のスマホをのぞき込んでいる凛々子の声色が、不意に驚きを帯びる。

「……千鶴さん、いつの間に知り合いになっていたのかしら?」

「え?」

「この子よ。オレンジ色のフリルの水着の」

 凛々子が怪訝な顔をしながら、千鶴のスマホの画面をピンチして、画像に写っているとある人物を拡大した。

真琴(まこと)さんですか? プールで落とし物を見つけてあげて、知り合ったんですけど……」

「彼女、突拍子もなく一人で出かける癖があるのよね。まさか、プールに一人で行って千鶴さんたちと知り合ってるなんて」

 大きく溜め息をつく凛々子に、千鶴は目を丸くした。

「凛々子さん、真琴さんと知り合いなんですか?」

「知り合いも何も、同門よ。同じヴァイオリンの先生に習って六年は経ってるかしら? 同じ舞台の床を踏んでる時は頼もしいけれど、それ以外で同じ場所にいたら、冷や汗で脱水症状になりそうな子よ」

 凛々子は、千鶴にくすりと笑ってみせた。


(続く)

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